20・2月1日

チーターはヨンさまだった

 至福昼寝をしたあとは、午後のサファリが待っている。
 正直、午後のサファリはもういいやぁ……って言いかけたほどに心地よい午睡だった。

 午後のドライバーもヘンリー&デビットコンビだった。同乗者は、Nさんご夫妻のほかに、今日ご到着のKさんが加わった。
 またヘンリーたちが陽気に自己紹介をしたあと、今回は彼がリクエストを我々に問うた。

 今回がデビューとなるKさんは、昨日の我々同様、謙虚になんでもOKという返事だったが、せっかくなら、というノリのNさんは違った。

 「ジャッカル&ハイエナ!」

 …し、しぶい。
 このマニアックなリクエストに、ヘンリーは

 「……difficult.

 そう応えるしかないようだった。でも、明日遠出すれば観られるかもしれない、とも言っていた。

 僕はもちろん迷わず応えた。

 「Standing lion!!」

 だって、まだ一度としてライオンが立っている姿を見たことないんだもの…。

 「OK,ハイエナ&ジャッカル、&スタンディングライオン!!」

 ランクルは今日も陽気に発進した。
 昨日は氷雨の中の出発だったけど、今日は雲は多いものの雨の心配はなさそうだ。気温も昨日とはうって変わって、車窓から吹き込む風が心地いい。

 今日も道々にいるマサイの牛たちが、水場で水を飲んでいた。

 以後のことになるが、夕食で出た牛肉がとても味のある肉で、どちらかというとラム肉にも繋がる僕たち好みの獣的味わいのある肉だったので、ひょっとしてあの肉はマサイから直接仕入れているのかということをヘンリーに訊ねてみたのだが、どうやらそれは違うようだった。
 マサイが放牧している牛たちは、セントラルマーケット経由で一度はナイロビへ行くらしい。すでにマサイの生活にも、流通文明はしっかり根づいているのである。
 もちろん、ロッジで出る肉は、ナイロビあたりから仕入れているのだった。

 かつてはアフリカの中原を支配していた強力部族だったマサイたちも、相次ぐ牛たちの疾病、蔓延する病気、そして西欧文明の進出というあおりをうけて、その力はまるで居留地を設定されて生きるアメリカのインディアンのような立場に成り下がっている。
 マサイの社会では富の基準になる一人当たりの牛の頭数も、統計的に見ると極端に減少しているらしい。近代文明の流通社会が、彼らの生活にどういう利益をもたらしているのか、はたまた影を落としているのか、それは我々の短い滞在では知りようはない。

 僕たちはそうしてマサイの実情を気にすることなく牛肉やラム肉を食べているけれど、ハゲワシたちはシマウマを食べていた。

 そういえば、シマウマの肉はやわらかいっていってたなぁ……。
 だからといってこの時ハゲワシをうらやましがったりはしなかったが……。

 ハゲワシがこうして無我夢中で死肉に群がっているとき、ライオンたちはやはり平和なひとときを過ごしていた。チビライオンをそばに従えたメスたちの群れからほど近いところに、またしても寝そべっているシンバが。

 気持ちよさそうだ。
 でも、でも、僕は………
 立っているライオンが見たいんだぁ!!

 ヘンリー、また寝てるよぉ!!

 「いい考えがある、車から降りて握手してきたらいいよ」

 デビットがいう。
 え?そう、じゃあ握手………
 ……って、食われるっちゅうねん!!

 まったく、何を言うのかと思ったら。
 待てど暮らせど眠りから醒めぬライオンに別れを告げ、しばらく行くと、行く手になにやら見覚えのある生き物が見えてきた。

 ダチョウだ!!

 ヘンリーはやはり日本語で教えてくれる。

 「だちょー」

 いやあ、ダチョウってこういうふうにサバンナに普通にいるんだなぁ……。
 そばにはピヨピヨたちがたくさんいた。

 これがかわいいのなんの!!
 今帰仁にあるダチョウランドでもダチョウの親も子も見られるけれど、サバンナで見るダチョウはその気品が違いすぎる。毛並みが美しいのだ。
 ピヨピヨたちなんて、こんなサバンナでどうやって育っていけるのだろう?親はその走力で逃げ切れるかもしれないけれど、ピヨピヨはそういうわけにはいかないだろうに……。
 不思議になるくらい無防備なのに、ピヨピヨたちはスクスク育っているようだった。

 轍に沿って車が進んでいるとき、先でなにやら小さな黒いものがぴょこぴょこ動くものが見えた。
 ヘンリー、あれは何!?

 オオミミギツネだ。
 サバンナのイヌ科の動物って、ネコ科が思いっきり幅を利かせているのとは対照的に、これでもかというくらいに小柄なものが多い。
 このオオミミギツネも、キツネという名でわかるとおりやけにかわいいサイズだった。
 写真では1頭だけど、最初はこの巣穴付近から3頭ほどが顔を出していた。
 いやいや、さすが生き物を発見することを生業としている僕、こういう動物を発見できるのだ。ハッハッハ。

 そのほか、トピやエランド、バッファローのチビチビなどおなじみの(ってたったの3回目のサファリのクセに)面々に会った後、キリンさんをゆっくり見ることができた。
 キリンさんはとにかく存在感がある。
 その動きのゆっくりさがとてもいいし、逆光でも絵になる動物ナンバー1だ。

 このあと、ブッシュをかき分け進むランクルの前に、意外な鳥たちが姿を現した。

 ホロホロチョウである。
 ホロホロチョウって、アフリカの鳥だったのか!!
 知らなかった。
 知らなかった僕たちをあざ笑うかのように、10羽以上のホロホロチョウが群れていた。

 そして、今日もまた例によって無線情報が流れてきた。
 チーターがいるという。
 ただちに急行!!

 本当だ、たしかにチーターが。

 無線の内容によると、どうやら獲物を食べている最中だったとか。残念ながら我々の車からはその様子を見ることはできなかったが、たしかに口の周りに血がついている。
 お、それにこのチーターは、今朝見た「151」番母ちゃんじゃないか。
 へぇ、けっこう同じ個体に出会えるものなんだ。
 朝一緒にいた子供もちゃんといた。

 こうして見ると、チーターって案外大自然の中でたくましく生活しているように見える。でも彼らの現実って、実はこうだったりする。

 なんとチーターに14台もの車!!
 しかもカメラカメラのオンパレード。
 チーターはヨンさまだったのだ。
 ま、我々が今このチーターを見ることができているのも、こうして無線で連絡しあうおかげとはいえ、おちおちゆっくり食事もしていられないチーター親子のことを思うと、やや複雑な気持ちになってしまう。
 でも、チーターは案外車なんぞを気にしていない………というか、もう慣れてしまっているようで、目障りではあるけれど特に害はないヤツ、という認識をしているようでもあった。

 それにしても、これで3度目のサファリなのだが、チーターは3連発だ。
 フリソデエビ級と思われたチーター、意外や意外、会えるときはしょっちゅう会えるんじゃないか。そういえば昨シーズンは、クロワッサンでもフリソデエビフィーバーがあったものなぁ……。

 こうして今日も、様々な動物たちと出会い、心ゆくまで楽しむことができた。
 また今宵も豪華ディナーに舌鼓を打ち、タスカービールに酔いしれるとしよう。野生動物たちよ、明日までごきげんよう……。

 そう、まさかこの晩、また新たな野生動物との恐怖の出会いが待っているとは、神ならぬ僕の知る由もないことなのだった………。