3・かもん亭

 ここだ!

 高知市内にいる酒飲みで知らぬ人などいないという、かもん亭。

 たとえ知名度は高くとも席数は多くないこじんまりしたお店のため、平日であろうと予約必至という情報を得ていたワタシは、なんとも用意周到なことに、水納島を発つ前の週からすでに予約をしてあった。

 まだ現地には不案内状態の到着日夜のこと、なるべくなら宿から近い店がありがたい。
 そんな希望を知ってか知らずか、このかもん亭さんは我々が泊まっているセブンデイズホテルプラスの一筋隣り、ものの1分30秒ほど歩けばたどり着く場所だ。

 到着日の夜にここの予約を取れた時点で、今回の旅行序盤の勝利は確定したも同然だった。

 …といいつつ、一見さんの身のこと、いささかの緊張とともに入店。 
 開店時刻のためまだ他にお客さんは見えなかったのだけど、小さな店のカウンターを一見客が占拠しては地元の方に悪いかな…と少し遠慮して奥のテーブル席に座った。

 壁に掲げられた本日のオススメをチェックしつつ、なにはともあれ初高知無事到着を祝して乾杯。

 カウンターはせいぜい4、5人、テーブル席は我々の隣に4人席がひとつのみなのだから、予約必至も頷ける。 
 入店後ものの5分と経っていないにもかかわらず、カウンター席は早くも地元の方々で満席になっていた。

 さすが超人気店。

 お通しは…

 こちらで長太郎(チョウタロウ)貝と呼ばれているヒオウギガイの煮物。

 生前の姿どころか殻すら観たことがないのに、味を知ってしまった。

 美味しい……。

 気働きの素晴らしい店のスタッフにぃにぃにうかがうと、ホタテガイに似た貝なのだとか。

 後日そのヒオウギガイの殻をこれでもかと見る機会があった。

 色とりどりの二枚貝が、長太郎貝ことヒオウギガイだ。
 なるほど、たしかにホタテに似ている。

 ちなみに色とりどりなのは着色されているのではなく、すべて天然の色彩。

 ヒオウギガイとは緋扇貝の意で、さすが南国、北のホタテガイとは一味違うカラフルさである。

 お通しが素晴らしい店は絶対にはずさない。
 長太郎貝と一緒に出て来たポテサラは、名前だけ聞くとお馴染みのものながら、香辛料が一味違うのか、一種独特のクセになる味だった。

 逸る心を抑えつつ、じっくりとメニューを見て最初にお願いしたのはこちら。

 うるめイワシのお刺身。

 いやあもう、こうして写真で再び目にするだけで、ヨダレの土石流状態になってしまう。

 足の速い魚だから、鮮魚として流通するのは限られた場所でしかないはずのウルメイワシのお刺身が、今目の前に。

 それも、いきなりのこのグレードの高さはいったいなんだ!?

 もうこのビジュアルがあれば、他になんの言葉も必要ありますまい。

 いやあ、旨いや、うるめイワシ。

 味もさることながら、料理が乗った皿がひとつのアートになっている盛り付けが美しい。
 でもあえて個に目を移してみると、付け合せで添えられている野菜が一風変わっていることに気がついたオタマサ。

 これはアイスプラントという野菜だそうで、大将の実家で育てられたものらしい。
 その存在は知っていたオタマサは、初実食にいたく感動していた。

 正体がわからぬ食材の他、メニューにも当然のように我々の知らない言葉が羅列されていて、初高知の身では「これなんね?これなんね?」星人になってしまうのは必定。

 ボラウスってなんね?マンチョウってなになに?ってなるでしょう?

 すべてをオーダーするわけでもないそれらの質問に対し、我慢強く真摯に優しく丁寧に答えてくれた店のにぃにぃは、実に素敵な青年でありました。

 で、その他焼き物系も頼んでいたところ、カウンターのお客さんがオーダーしたうるめイワシのバッテラが数切れあるので、よろしかったらどうですかと大将からにぃにぃ経由でお知らせが。

 是非!

 というわけで…

 うるめイワシのバッテラ登場(一人前よりも少量)。

 これがまた美味いのなんの!!

 うるめイワシの実力はもちろんのことながら、酢の塩梅も米粒の美味さも最高。
 この後いろんな店で、高知ってとにかく米が美味いことを思い知らされることになる。

 超ツボの逸品に狂喜するオタマサ。
 たとえ20個あったとしても、軽く完食していたことだろう。 

 すでにこの時には、日本酒の時代に突入していた我々。

 旨い肴を出す店には、もちろん旨い酒がある。

 県外の有名どころも数多く揃えつつ、さすが酒処、土佐のお酒もズラリ勢揃い。

 土佐に来たらまず真っ先に飲んでみたいと思っていた「南」をお願いしてみると、あいにく切らしているとのこと(さすが俺、と思ったけど、現地でも稀少酒なんです)。

 そこでワタシは、「しっかり」という特徴が記されている文佳人を、オタマサは「食中酒」と太鼓判を押されている美丈夫を、それぞれ1合ずつしっかり注文。

 錫の酒器ってところが味わい深い。

 などと言いつつ土佐の酒で舌を湿らせているうちに、お待ちかねメインイベントの登場!!

 モンズマガツオのタタキ!!

 なんだこのボリュームは!!

 あまりの分厚さと量に、開いた口がふさがらないオタマサ。

 撮ってるワタシの口も開いたままだったから、座布団の上に危うくヨダレの洪水ができるところだった。

 今日のおすすめメニューにあったモンズマガツオには、タタキと土佐巻きの2種類の食べ方があった。
 でもそれ以前に、モンズマってなに?

 「これなんね?」攻撃でにぃにぃに訊ねたところ、どうやらスマの一種で、カツオが近海で獲れなくなる今頃の季節に合わせるかのように脂がのるのだとか。

 ザ・カツオを食べたくて土佐に来た我々ではあるけれど、旬を大きくはずしていることは心得ていた。
 だからそうそうたやすく巡り合えまいと思っていたところ、この季節にはこの季節ならではのスマが頑張っていたのだ。

 塩をつけて大ぶりのニンニクスライスとともにいただくと……

 めっちゃ美味しいッ!!

 ああ、高知に来て良かった………。 

 ご存知のとおり我らが水納島が属する本部町は県内屈指の鰹処として知られていて、「タタキ」という食べ方も一般的ではある。

 しかしそれと土佐のタタキとは、どうやら異なるようだぞ……

 …という気配は、旅行前に始めたリサーチで、ある程度我々の知るところとはなっていた。

 そして今目の前に鎮座ましますこのモンズマガツオのタタキ、これはもう…

 カツオのレアステーキ。

 分厚さもさることながら、香ばしくそして温かかく、一口食べれば口内全域にタンパク質の旨味が広がっていく。

 沖縄で味わうカツオのタタキはあくまでも刺身の延長であるのに対し、こちらのタタキはいつの頃からか温かいままいただくのがフツーになっているそうで(冷たいのももちろんあり)、こんがり焼かれた外側の香ばしさが食欲増進エンジンをいともたやすく点火する。

 そしてこれを塩でいただくのが近年の流行だそうで(タレか塩かはたいてい選べるけど)、いやあもう、このために土佐まで来たといってもいいくらいの感動的味覚だ。

 土佐のタタキ、旨し。

 さて、感動と共にモンズマガツオのタタキを味わいつつも、さらに気になっていた料理がアートフルな皿になって登場した。

 やけどの一夜干し。

 やけどとは、高知の名物らしい。しかし初高知の我々が知る由もなし、なんねなんね?とまたにぃにぃに訊いてみたところ、

 「ハダカイワシのことです」

 あ、名前は聞いたことがあるような。

 なんでも深海魚だそうで、お肌が繊細で、焼いたり何かしたりするとすぐに表面がやけどしたようになってしまうのだとか。

 お肌は繊細でも、その顔は……

 深海魚っぽ〜い!!

 でもそのお味は……

 旨〜〜いッ!!

 そしてこの皿も、主役やけどの下にはジャガイモのフライが添えられていて、脇にはちょっと甘めにした牛蒡、サツマイモ、キンカンといった副菜が。

 これで一皿550円って……安すぎ。

 カツオや清水サバなら旅行情報でいくらでも得ることができるのに、やけどは恥ずかしながら現地に来て初めて知った我々だった。 

 後日、ホテルでその日の天気予報を知るべくテレビを見ていると……

 地元ローカルの時間枠で、なんとこのやけどの話題が!

 フムフム…

 ほうほう…

 へぇ…

 …と、知りたかったことをほとんど知ることができたのだった。

 なんてタイムリーなんだ、NHK!

 …って、つまりそういう季節なのですね。

 この時期の沖縄でいうなら、八重岳で日本一早い桜祭りが始まりました、というニュースと同じくらい毎年お馴染みの風物詩なのだろう。

 やけど、まさに旬の味覚なのである。

 やけどほど季節性はないものの、同じく高知では当たり前に消費されているウツボもお願いしてみた。

 アートな盛り付けは、須崎産ウツボのから揚げとイモ系の天麩羅のトルネード。

 昨年の五島もそうだったように、ウツボを食す地方はわりとある。
 でも、高知ほど当たり前のようにウツボが飲食店のメニューに載っている土地って、他にあるんだろうか?

 ともかくも高知にて初のウツボ、独特のゼラチン質部分は、当然ながらから揚げにもバッチリ。
 ますますやる気系スイッチが入りまくるお味でございます。

 我々は美味しい魚を求めての旅行なのでそっち系しか頼んでいないけれど、メニューにはご当地の名産である土佐赤牛を使った洋風料理などもある。

 この勢いでメニューに載っているあれもそれもこれも無尽蔵に食べていきたいところながら、気がつけば3合ほど飲んでしまっていたワタシ。
 まだ到着早々でもあるし、最初から暴走して今後に支障をきたすわけにはいかない。

 オトナの自重でオアイソを御願いすることにした。

 これがまた、驚くべき安さだったのでビックリしてしまった。
 これでこの値段だったら、本部町内の各居酒屋、高過ぎなんじゃね???

 会計を済ませ、店を出ようとする我々に、わざわざカウンターから出てきて外まで見送ってくださる大将。
 バッテラを無理強いしてしまってすみませんとおっしゃるのだけど、むしろオススメしていただいて感謝しているくらいである。

 それでも、

 「寒波が無かったらもっと魚があったんですけど…」

 と申し訳なさそうにおっしゃる。
 いえいえ、初高知の我々には充分すぎるほどに大満足の夜でしたよ大将。

 こういうお人柄の大将であれば、カウンター席ならさらに美味しさ倍増ってところだろう。
 次回は是非カウンターで。

 初めて来た土地の初めての店だというのに、もう一度来たくなる店に最初から出会えてしまった。
 というか、最初からこのグレードで楽しんでしまって、あとあと大丈夫なんだろうか……。

 すっかり夜の帳が降りた高知の街は、冬の寒さに包まれていた。

 でも、「出歩くのもイヤになるかも…」と当初ビビっていたほどの寒さではない。

 まだ宵の口だし、チョコッと夜の街を散歩してみよう。