全長 35cmほど
夏場に水納島にやってくる5種類ほどのアジサシ類のうち、その9割以上を占めているのがエリグロアジサシとベニアジサシの2種類だ。
アジサシたちにとって、砂浜と岩場が形作る自然海岸があり、なおかつ人々が幅を利かせていない小島は最適な暮らしの場なので、昔から夏の水納島ではアジサシたちが数多く群れ飛んでいた。
バードウォッチャーのように正確にカウントしたことはないものの、我々が島に越してきた前世紀終盤当時は、エリグロアジサシが50羽くらい、ベニアジサシが300羽くらいいた。
こんな小さな島にそれほどのアジサシがいたら、ヒッチコックの「鳥」さながら。
ただし彼らはあくまでも海岸と洋上が暮らしの場だから、島の人々の生活のなかに入り込んでくることはない。
アジサシたちは島の岩場を形成している琉球石灰岩の窪みを利用して巣作り&子育てをしているので、子育て中の初夏にそのような海岸に行くと、外敵を追い払おうとする親鳥たちの集中攻撃を受けることになる。
そんなバードサンクチュアリも今は昔、近年富に減少したアジサシたちは、両種を合わせても、多い時でせいぜい50羽ほどではなかろうか。
それもこれも、沖縄ブームだインバウンドだなんだかんだの観光ブームで水納島が格好の日帰り遊びポイントになり、島の周りで連日ジェットスキーをかっ飛ばしている影響ゆえと思われる。
その昔は島で日帰り営業をしている業者だけだったものが、ジェットスキーの高性能化&大型化で、本島から誰でも気軽にジェットスキーで島まで来られるようになってしまい、ピーク時は個人、業者を問わず島の周りはジェットスキー湘南爆走族状態になる。
産卵も子育ても幼鳥の飛行訓練も海岸で行うアジサシたちにしてみれば、無遠慮に轟音を立てながらジェットスキーが四六時中往来している海岸なんていったら、そりゃ子育てどころではなくなるだろう。
そのため前世紀終盤では当たり前に観られた、たくさんのアジサシたちが勢揃いしている↓このようなシーンも…
親鳥が若鳥にエサを与えるシーンも…
…残念ながら、砂浜で観ることなど今では望むべくもない。
エサとなる魚群待ち、幼鳥へのエサやり、若鳥の飛行訓練など、彼らの暮らしに欠かせない砂浜は、もはや彼らのものではなくなってしまっているのだ。
大切な砂浜を追われてしまったアジサシたちは、かつて砂浜上でしていたことを、防波堤の上で行うようになっている。
台風で防波堤が危険地帯になっているときなどは、誰もいない桟橋上が彼らの安息の場だ。
↑これは海から吹く強風に体を向け、身をかがめてジッとしているところ。
アジサシにかぎらず、鳥さんたちはヒトの姿を目にするや途端に警戒モードに入り、すぐさま逃げだしてしまうけれど、軽トラで近づくと思いのほか近くまで寄れる。
台風とはいえ強風域程度なら、軽トラで桟橋まで行くことも可能だ。
ヒトであることがバレないように、静かに車を進ませていくと…
…わりと近くから観ることができる。
風が強すぎて近寄ってくる軽トラを気にしている場合ではないのか、あまりにも無警戒なので、これなら車から降りても大丈夫かも…
…とドアを開けて降りた途端、
…一斉に離脱。
おくつろぎのところ、大変失礼いたしました。
ともかくそんなわけで、昔なら↓このように砂浜で観ることができた飛び立つアジサシたちの群れも…
…今では桟橋上で観られればラッキー、くらいのもの。
今のところまだ夏になるたび島に渡ってきてくれてはいるものの、アジサシたちにとって「最後の防波堤」だった防波堤も、来たる水納港改修工事で姿を消すことになってしまえば、アジサシたちはいったいどこで過ごせばいいのだろう?
マリンレジャー業者はますます盛況、港も巨大化、島内にはリゾート施設だらけに…となっていく一方で、気がつけばアジサシたちの姿が無い…なんて日が来るかもしれない。
かろうじて観られる今のうちに、アジサシたちの姿をたっぷり目に焼き付けておこう。
前述のように、ベニアジサシは数の上で水納島を代表するアジサシだ。
ヘルメットを被ったような黒い頭に、クチバシと脚が紅色と特徴的なので、よく一緒にいるエリグロアジサシと区別するのは容易だ。
このクチバシと脚の色が名の由来かと思いきや、夏場に胸のあたりがほんのり紅色に染まることが名の由来なのだとか(胸が赤っぽくなっているのを確認したことがないけど)。
赤いクチバシや脚の色も実は夏季限定の恋の色なのだそうで、そういえば島に渡ってきてしばらくの間は、ベニアジサシたちのクチバシの色は黒い(脚も黒いことも)。
↑これは渡ってきてからさほど日が経っていない5月25日(2020年)に撮ったもの(エリグロアジサシも写ってます)。
同じ年ではないものの、本隊もあらかたやってきた5月31日には、黒いクチバシの2羽がアヤシげに見つめ合っていたりもした。
このあとペアが誕生するのだろうか。
同じときに撮った写真のなかに、↓このような子も混じっていた。
右脚に足環がついている(矢印)。
少なくとも水納島でそのような調査は行われていないはずだから、どこかのフィールド調査で装着されたものなのだろう。
この足環とは関係ないものの、聞くところによると、1993年7月末のチービシで調査のため識別番号入り足環をヒナのときに装着されたベニアジサシが、その後2017年7月初旬に再捕獲され、それまでの記録を大幅に上回る23年11カ月という最長寿記録を樹立したそうな。
桟橋上にいた足環付きベニアジサシも、どこかで長寿記録を樹立する日が来るかもしれない。
長寿記録もさることながら、アジサシのペアって、生きているかぎり一生同じ番のままなんだろうか。
それとも、繁殖期を迎えるたびに、新しい恋が始まるのだろうか。
アジサシ類も属するカモメ科の鳥さんたちには、ペアが一生解消されない種類が多いそうなのだけど、ベニアジサシのペアについてそのように説明されているのを見たことがない。
こればっかりは足環でも付けないかぎり個体識別が難しすぎて、フィールド観察だけでは確認できないのかもしれない。
前年同様のペアで一緒にやって来るのかは不明ながら、アジサシ類の数が多かった昔は4月下旬にはその年初めての姿が見え始めていたものが、近年ではGWに偵察隊が飛来すれば随分早いほうになる。
「偵察隊」とはワタシが勝手に名づけているもので、いつも本隊到着前に、最初は数羽、その後は10羽くらいの先発隊がやってくるのだ。
ダイビングボートを走らせている際に洋上を飛ぶ姿を観て初飛来に気がつくこともあるけれど、最もわかりやすいのは彼らの羽休め場所。
航路脇に立っている赤灯台でその年初めて羽を休めているアジサシたちの姿をみれば、たとえ梅雨空の冴えないお天気でも、心は早くも夏到来!
アジサシたちは、夏をもたらしてくれる鳥なのである。
この赤灯台は海でエサを獲るアジサシたちにとっては大事な見張り台を兼ねた羽休め場所で、やがてやってくる本隊も揃うと、赤灯台はアジサシだらけになることもある。
日常的に見張り台&羽休め場所にしているものだから、赤灯台は数年でアジサシのフン塗れになって白灯台に変身してしまうため、海上保安庁はきっと苦い顔をしていることだろう。
陸から近づけばすぐさま逃げてしまうアジサシたちでも、海から近づけば話は変わってくる。
この赤灯台の場合、海中からの接近が可能だ(※よい子はマネしてはいけません)。
海中からとなると、得体の知れないモノ(ワタシのことです)の接近に限りなくアヤシさを感じてギョギョギョギョ…と警戒音を発することがある一方で、無害認定してくれれば、クチバシでコミュニケーションをとるなど普段の様子を見せてくれることもある。
眼前1mと離れていない真下から眺める彼らの飛行フォルムのカッコイイことといったら!
また、潮が引くと露出する岩も、干潮時には彼らにとって格好の羽休め場所になるので、そこにも海中から近寄ると…
…おくつろぎ状態のところを拝見することができる。
アジサシたちに接近するとなると、このようにどこかで羽を休めているとき限定になってしまうけれど、やはりアジサシたちといえばなんといっても食事風景こそがメインイベントだ。
夏の島のリーフ際にはキビナゴが川のような群れを作っていて、それらを狙うスマやニジョウサバなどがキビナゴに襲撃をかけると、キビナゴたちは水面へ、水面へと逃げまどう。
その際、追う側も追われる側も水面から飛び出て波しぶきを立てるのだけど、それを遠くから察知するや、アジサシたちはたちまち現場へ急行するのだ。
海岸から遠く離れたリーフの外でのことだから、フツーだったら遠目にしか観られないところ、幸いなことに仕事柄洋上に浮かべたボートに乗っていることが多いので、そこに魚群がさしかかるとアジサシたちのハンティングを間近で眺めることもできる。
ハンティングといっても、口先だけとか脚だけを水に浸けるのではなく、勢いよく体ごと海中に没する。
1羽に注目してその様子を観てみよう。
水面上1~2mのところでホバリングし…
狙いをつけるやまっしぐらに突入!
躊躇なくダイブ!(これは出てくる直前かも…)
そして水面から離脱!
観ていると成功率はさほど高くなさそうながら、これを繰り返しているうちにやがてキビナゴをゲットするアジサシたち。
彼らがエサをゲットするところ、水中から同じエサを狙う魚群あり。
いわば天然の魚群探知機、それゆえの「鯵指し」ということなのだろう。
ちなみに魚影が半端ない海外の海では、このように洋上から小魚を狙うアジサシに、水中から空中にジャンプして襲い掛かるロウニンアジがいるという…。
それじゃあアジサシならぬアジクワレだ…。
それにしても、エサを海中に頼っているとなると、台風など時化の際にはかなり苦労するんじゃ…?
たしかにストロング暴風ではさすがに飛び回ることなどできないだろうけど、風がある程度納まっていれば、たとえ怒涛の波濤状態であろうと彼らはエサを求めて洋上をゆく。
矢印の先に見える小さな点が、靄になるほどの波しぶきの中を飛んでいるベニアジサシたちだ。
また、強風を避けて防波堤上に集まっている際のリーフはといえば、防波堤がすべてめくれてしまうんじゃないかと思えるほどのスーパーストロングなビッグウェーブ。
にもかかわらず、エサを待つ幼鳥(羽の背側がやや斑模様)のためにセッセとエサをゲットしてくる彼らである。
8月初めにはまだエサを待つだけだった幼鳥たちも、8月も下旬になると、エサをゲットするため、親を真似て自ら洋上に繰り出すようになる。
まだ幼いためかボートもボート上にいるヒトもさほど恐れることがなく、すぐそばをゆっくり通過していく様子をちょくちょく目にする。
その際幼鳥が、頼りなげにおねだりするような声でビービー鳴きながら親についていく様子がとってもかわいい。
幼きベニアジサシも、翌年再び島に渡ってくる頃には、立派なオトナになっているのだろう。
波にも負けず風にも負けず、これほどまでに逞しいアジサシたちが年々減少しているということは、我々人間は本当にとんでもなくのっぴきならない事態を招いてしまっているに違いない。
その事実に多くの人が気づかなければ。
夏の海にアジサシたちが群れ飛ぶ風景、そんな当たり前のことが、手の届かないゼータクな景観になってしまう前に…。
※さっそく追記
先に紹介している画像のうち、前世紀に撮っているものはみなポジフィルムで、別件でスキャンしたことがあったからたまたまデジタルデータになっていたもの。
それ以外にも昔オタマサが撮ったアジサシの写真があることをこの稿をアップしてから思い出し、秘密基地に保管されているポジフィルムをサーチしてみたところ、前世紀にオタマサが撮った写真をたくさん発見した。
本文中でも紹介しているように、当時は8月も下旬になると灯台付近の砂浜にベニアジサシたちが大集合するのが恒例で、それらが一斉に空を舞うと、セイシェルのバードサンクチュアリかと見紛うばかりになる。
ウカツに近寄るとこのようにワァ―ッと飛び立ってしまうのだけど、ナニゴトも無いとわかると再び元の場所に戻ってくるから、アジサシたちには申し訳ないことながら、ソロリソロリと近づくと、何度も飛び立つシーンを拝見できる。
アジサシたちも慣れてくるのか、さらに近づく頃には無害認定してくれるらしく、砂浜にビッシリ集合している様子を観ることもできる。
アジサシたちが風に向かってジッと海を眺める様子は、やはり桟橋上よりも砂浜のほうがずっと絵になる…。
同じ近づくにしても、陸側から接近しようとすると、すぐに接近限界地点になってしまうけれど、もっとそばに近寄る方法がある。
ここでもまた、海から近づけばいいのだ。
夏場のことだから海に浸かるのはなんてことはないとはいえ、一眼レフカメラは剥き身だから、何かに躓けば即カメラ死亡というリスクを負いつつ、ソロリソロリと近寄ってみると…
我が子のためのエサを咥えて波打ち際にいる親鳥を間近に観ることもできるし…
…ベニアジサシ親子たちが波打ち際ギリのところにいることがよくわかる。
それにしても、そこまで波打ち際ギリギリにいたら、波が来たら溺れてしまうんじゃ?
実は彼らは、その波を待っているのだ。
波が来そうなタイミングを計り、キワキワのところで波待ちし…
波が来ると…
みんなで水浴び♪
まるでスズメが砂場で砂浴びするような勢いで、思いっきり頭から上半身を没している。
普段から水中にダイブしてエサをゲットしているんだから、水浴びの必要がどこに?
…と思いかけたものの、幼鳥が進んでやっているところをみると、ひょっとしてこれは、幼鳥の海中ダイブデビュー前の練習とか?
撮影されてから30年近く経った今さらながら、このような興味深い写真を眺めていると、立派な港や高級リゾートなどをボコボコ造るよりも、アジサシたちが砂浜でくつろいでいられる自然をキープするということのほうが、よほど難易度の高い時代になってしまっているということを、つくづく思い知らされるのだった。