甲幅 15mm
「キモガニ」という名前はずいぶん古くからあって、80年代初頭に世に出ていた図鑑(沖縄海中生物図鑑・甲殻類カニ編)にもその名で掲載されている。
なので私がダイビングを始めた頃(86年)にはもうフツーに(一部の)世に存在を知られていたカニで、サンゴさえ育っていればいつでも観られるものだからお馴染みのカニでもあった。
でも当時はなぜキモガニと呼ばれているのか深く考えたことはなく、当時はキモカワイイなどという妙な日本語は無かったから、キモいカニの「キモ」かな…と朧げに思ったこともある。
キモいどころかむしろ可愛く見えるのに、なんて不憫な名前なんだ…と勝手に同情していたのだけど、実はこの「キモ」とは、属名の Cymo をラテン語読みしてそのまま和名に充てたものだった。
ラテン語では「波」とか「芽生え」という意味だそうで、キモガニ類の体に生えている産毛のような毛の生え具合いに由来してるらしい。
やはり「キモい」わけではなかった。
アワハダキモガニであれ他のキモガニの仲間であれ、このカニさんたちを観て真っ先に目がいくのはそんな毛ではなく、トルコ石を嵌め込んだかのような特徴的な眼。
枝間を除くとこちらを見つめ返してくる、やや無機質めいたターコイズブルーの瞳が印象的だ。
98年のサンゴの大規模白化でリーフのサンゴが壊滅したあとは、リーフエッジのサンゴといえばかろうじて生き残ったハナヤサイサンゴ類くらいのもので、その枝間を覗けばほぼ100パーセントの確率でキモガニ類が観られたものだった。
当時は「エビカニは君にまかせた」といってハナダイやハゼなど小ぎれいな魚たちにご執心だっただんなが
「あのサンゴの間にいる目が水色のカニはなんだ?」
と尋ねてきたくらいだから、ターコイズアイのインパクトのほどがわかる。
日本で観られるキモガニ属には3~4種類おり、アワハダキモガニは粟粒を散らしたような細かいイボイボだらけの体表が特徴だ。
その他、各脚の関節部分に赤い模様が入るのもこのアワハダキモガニだけのようだ。
サンゴの色で体色の濃淡を変えているらしく、もっと明るい色をしているものもいる(↓下の写真は、2匹が重なっています)。
キモガニの仲間たちは左右のハサミのサイズが非対称で、大きいハサミは縄張りなどオノレの存在誇示用で細かい作業には不向きなのに対し、小さいほうのハサミはシャープで器用そうな形をしている。
ハサミの大小は個体ごとに左右どちらのパターンもあって、この小さいほうのハサミを使ってチマチマと食事をするアワハダキモガニ。
アワハダキモガニがチマチマと何を食べているのかというと、宿主であるサンゴの肉(組織)なのだそうな。
動画を観ると、たしかに何かを引きちぎっているかのような動きも見える。
サンゴにとってはもちろん不都合なことながら、キモガニ類の食事量は大したことはないらしく、そのためにサンゴ群体が危機に陥ることはないらしい。
いずれにせよサンゴにとっては宿も食事も利用されるだけ利用されつつなんの見返りもないようで、サンゴガニ類がいろいろとサンゴの役に立っているのとは違い、キモガニ類は一方的な「寄生」ということになるそうだ。
でもアワハダキモガニが暮らしているヘラジカハナヤサイサンゴには他にオオアカホシサンゴガニがペアで暮らしていることも多いのだけど、両者が争うシーンなど観たことはない。
そのことから、たとえサンゴにとって利は無くとも、ひょっとするとキモガニ類は、サンゴガニ類にとっては役に立っているのかも…という話もあるらしい。
図鑑的には、アワハダキモガニは枝状のミドリイシやハナヤサイサンゴ類で観られる、ということになっているけれど、枝間の広さからして最も観やすいのはヘラジカハナヤサイサンゴで、遠めに観ると、アワハダキモガニの「粟肌」の理由がよくわかる(PCでご覧の場合は、↓この写真をクリックすると大きな画像になります)。
サンゴの表面とそっくり。
ノソ…ノソ…としか動かなくても、これなら枝の外から外敵に襲われることはないかも。
オトナサイズだとツブツブブツブツがやけに目立つアワハダキモガニながら、小さい頃はさほどでもない。
ファーストコンタクトがこのサイズだったら、よもや「キモいカニ」とは思わないはず。