エビカニ倶楽部

ベニサンゴヤドカリ

甲長 10mm

 2014年の梅雨時のこと、久しぶりにテンションがあがるヤドカリを発見した。

 ヤドカリさんたちの場合、どんなに珍しくとも色彩的に地味すぎてあまり盛り上がらないことも多いなかにあって、このめでたい配色。

 こんなの図鑑でも見たことない!

 …とアドレナリンで溺死しそうになりながら、興奮状態で夢中で写真を撮った。

 ところが、その年に刊行されていた図鑑「ヤドカリ」には、このヤドカリが和名付きでしっかり載っていたのだった…。

 その名もベニサンゴヤドカリ。

 散りばめられた白点模様その他、名前につく形容詞はいろいろありそうなのに、四の五の言わずにただひとこと「ベニ」であるところが潔い。

 それはすなわち、サンゴヤドカリの仲間たちのなかで、この全身赤系の色味がいかに際立っているか、ということの裏返しでもあるのだろう。

 当時すでに変態社会では広く知れ渡っていたようで、ようやく私の知るところとなった時点で、甚だしく「遅まきながら…」だったのだ。

 それでも個人的には2014年の1年間に撮った写真のなかで「この1枚」を選ぶなら、迷うことなくベニサンゴヤドカリの写真が堂々1位なのはいうまでもない。

 とはいえヤドカリといえばみんなヤドカリという人々はもちろんのこと、それなりに興味を持ってはいるだんなでさえも、「他にもいろいろ撮っているのに、年間ベストワンがよりによってこれですか?」という意味を多分に込めて「はあ?」という顔。

 いやいや、世の中には、きっとわかってくれる人がいるはず。

 そうこうするうちに年が明け、そんな「わかってくれる人」が正月早々に現れた。

 変態社会にこのヒトありと知る人ぞ知るゴットハンドO野さんから届いた年賀状には、美しいベニサンゴヤドカリの写真がドドンとプリントされていたのである!

 思わずだんなに、「ほらほらO野さんもこのヤドカリがお気に入りなんだよ」と勝ち誇ったのは言うまでもない。

 ただし別角度から見れば、それは単に同じ穴の狢というだけのことだったりもする…。

 そんな衝撃の出会いを果たしてから8年経った現在までに、ファーストコンタクトを含めて5個体に遭遇しているベニサンゴヤドカリ。

 こうして見ると体全体が赤いかのように錯覚してしまいがちだけど、赤いのは普段外に出している部分のみらしく、背中は…

 意外に白い。

 なんだか真っ黒に日焼けしているヒトの真っ白なプリケツみたいな感じ…。

 心もち他のサンゴヤドカリの仲間よりもひと回りほど大きいような気がしていたけど、ファーストコンタクト時にはむしろ小さく感じていたようだから、結局のところサイズはたいして変わらないのかもしれない。

 際立って小さいわけでも、生息水深がやたらと浅かったり深かったりするわけでもなく、他のサンゴヤドカリの仲間たち同様浅いところで観られ、図鑑的にはとりたてて「珍」扱いではないベニサンゴヤドカリ。

 でも、カメラを携えているときに目にすれば必ず撮っているのに8年で5個体ということは、少なくとも水納島ではさほどの個体数ではないように思える。

 ちなみに、上の写真のように背中まで見える状態というのは、一度引っ込んでしまったヤドカリさんを貝殻の入り口がちょい上を向くように置いたからこそ撮れるいわゆるヤラセ写真なんだけど、ヤドカリ写真の場合、特に図鑑などでは定番の方法でもある。

 何も手をつけず、ありのままの姿で撮りたい…ということをモットーにしているものの、ヤドカリさんの場合、ありのままで撮ると…

 貝殻全体を入れて撮ると、冴えない貝殻がメインになってしまい、ヤドカリがすっかり脇にひっこんでしまうから、ヤドカリの場合にかぎり、モットーがゆるくなる私をお許しください…。

 それはともかく、ありのままで撮った写真を見て気がついた。

 派手だ派手だと思っていたベニサンゴヤドカリ、こうして見るとそれほど…というか、ほとんど目立っていないんじゃ?

 むしろ一見派手なその手脚は、なにかと付着生物が多い岩肌では抜群のカモフラージュになっている。

 これじゃあまりにもカナシイから、この子に前述の「ヤラセ」を施すと…

 ハサミ脚は片方が大きく、点々模様は歩脚の白に比べて暖色系になっていることがよくわかる。

 彼らがいつもこうしていれば、おそらくもっと昔から多くのダイバーの知るところとなっていたであろうベニサンゴヤドカリ。

 今世紀初頭までのエビカニ系図鑑には名前どころか姿形すらまったく載っていなかったのは、その一見派手に見える手脚のカモフラージュ効果だったのかもしれない。

 実際の個体数がどうあれ私にとって今でも「レア」なベニサンゴヤドカリは、相変わらず出会えれば「おっ!」と盛り上がるヤドカリさんであり続けている。