甲幅 12mm
2000年のひところは、なぜだかキンチャクガニがやたら見つかった。
当時は空前のキンチャクガニブームで、今は亡きダイビング雑誌でよく取り上げられていたこともあってゲストのリクエストも多く、キンチャクガニをサーチする機会が多かったのも大きな要因ではある。
その頃クロワッサンのドレイスタッフとして活躍してくれていたよいち氏がゲストを案内中、彼もまたキンチャクガニを見つけた。
ところが彼の話では、さっそくカメラ派のゲストに撮ってもらおうと思ったものの、なんだかどうもキタナイ…というか、冴えないキンチャクガニに見えたという。
わざわざこれを撮ってもらうのもなぁ…と思った彼は、そのまま岩の下に返したそうだ。
実はその冴えないキンチャクガニこそが、クロワッサン初記録のヒメキンチャクガニだったのである。
なぜ知らせてくれないのだ~!
私が地団駄踏んだのは言うまでもない。
地団太を踏みはしても、なにも次々に石をめくってまで…と思ってもいた頃なので、その後熱心にサーチするということもなかった。
ところが、何かの稿で触れたように、2003年に刊行された「エビカニガイドブック久米島編」で紹介されている魅惑的なエビカニたちの姿を目にし、私のエビカニサーチ熱に再び火がついた。
それもあって、2004年にようやくこのカニと出会うことができ、その年は特にこのカニが多かったのか、それともそれまでもいたけれど探していなかっただけなのか、初遭遇以降もその年はチョコチョコめぐり合うことができた。
図鑑によるとヒメキンチャクガニはキンチャクガニより泥っぽいところで見られる、とあるので、ひょっとしたら水納島の海底に本島由来の泥成分が増してきた証なのかもしれない…。
というわけで、キンチャクガニから遅れること5年、ようやく(個人的に)日の目を見ることとなったヒメキンチャクガニながら、それにしてもこの地味さときたら。
後ろから見ても…
…やっぱり地味。
このカニをひと目見ただんなは、
「蝉丸みたい……」
とのたまった。
百人一首の絵札を使って坊主めくりをしている際に、引き当てた時のガックリ度断トツ1位のあの蝉丸である。
「これやこの…」の歌がどれほど名作であろうとも、生前のご本人がどれほど偉大であろうとも、絢爛豪華な十二単のお姫様たちに比してあのショボいルックス…。
本人も地味ゆえの境遇を恨んでいるのか、その目つきはいささか僻みっぽく見えなくもない。
ただしこの地味さにはワザがある。
死サンゴ石をめくって彼を発見すると、場合によってはイソギンチャクを振りかざしてフリフリすることもあるけれど…
やがてイソギンチャクをフリフリしても今さらどうしようもないと判断するのか、彼は突如ゴミ化するのだ。
藻屑のようなものがやや丸まってフラフラフラ~…と転がるだけなので、パッと見ではとてもカニには見えない。
この擬態(?)はカラフルなキンチャクガニより一歩進んだ護身術ともいえる。
おそらく捕食者は坊主めくりで蝉丸をつかんでしまったときのような脱力感に見舞われ、食べる気などまったく起こらないに違いない。
そのくせ、イソギンチャクをしっかり挟んでいるハサミ脚のツメは、なにげにオシャレに紫色に染まっていたりする。
さほど目立たないところでひそやかにオシャレに気を遣っているあたり、生まれの高貴さが漂うヒメキンチャクガニなのだった。