エビカニ倶楽部

ホシベニサンゴガニ

甲幅 15mm

 かつては隆盛を極めていた各ダイビング雑誌では毎年フォトコンテストが開催され、入賞作品は誌上にて掲載されていた。

 どれもこれも美しい作品が並ぶなか、私の目を引くのはやはりエビカニ系の写真で、いつだったか、入賞作品のなかにひときわ異彩を放っていたカニがいた。

 ホシベニサンゴガニだ。

 名前もその時知ったのかのちに知ったのかは覚えていないものの、たしか受賞作の撮影地が海外もしくは私とは縁遠い土地だったためか、自分が実際に目にすることができるカニさんとは思わず、「へぇ、こんなカニもいるのかぁ…」という感想を持っただけだった。

 ところが島に越してきたばかりの頃にヒマにまかせてちょくちょく足を伸ばしていた伊江島のとあるポイントで、件のカニを発見してしまった。

 コップを洗うブラシのような形をした、ウミカラマツの1種(サンゴの仲間)に住んでいた。

 発見した興奮がなかなか冷めやらぬまま、どうにかこうにか落ち着いて写真を撮らねば…と思ったとき、ハタと気がついた。

 どうやったらカニとわかるように撮れるのだろう?

 フォトコン入賞作で見たこのカニは宿主のサンゴの表面にチョコン…と乗っていたのに、目の前のカニさんはブラシの毛の付け根付近にいるため、細かく縦横に入り組んだ枝が邪魔して、隙間からわずかに体が見えるだけなのだ。

 枝越しにこちらを向いているホシベニサンゴガニはといえば、まるで「やーい、やーい!」と言いながら私をバカにしているかのように両のハサミ脚を広げたり畳んだりしている。

 結局この時は、ブラシの外側から細い枝越しに撮る以外に手がなかった。

 ところが、その後また伊江島に行く機会があって、その際だんなが撮った写真を見ると、なんとホシベニサンゴガニのほぼほぼ体全体が収まっているではないか!

 なんでなんで?どうしてどうして?

 よくよく聞いてみると、「ブラシにほんの少し身をよじってもらった」らしい。

 普段から何もいじくらずにありのままで撮りたいと思っているとはいえ、なるほど、全然思いつかなかった、そういう撮り方…。

 してみると、あのフォトコンの入賞作品は、何かでつついてカニさんを表面まで移動させたのだろうか?

 …と邪推したものの、その後私にもチャンスが訪れた。

 それが冒頭の写真だ。

 小さい個体がいてくれたのは、コップを洗うブラシのようなサンゴが「ブラシ」になる最初の枝のところで、枝にまったく邪魔されずに全身が見える!

 おかげで何もいじくらなくたって、見たままそのままありのままに撮れた。

 とはいえ。

 ここに掲載している写真は、どれもみなお向かいの伊江島で撮ったものだから、厳密にいえば「水納島のエビカニ」ではない。

 きっと水納島にもいるはず…と期待して探したいのはヤマヤマながら、宿主となるサンゴの類が水納島で普段潜っている環境では観られないのだ(相当深いところに行くと生息しているかも…)。

 ある年におよそあり得ない場所に、件のブラシのようなウミカラマツの1種が成長していたことがあり、そこでこのカニを観た…

 …ような記憶があるものの、それはどうも願望が記憶化しかけている錯覚である可能性が高い。

 すなわち、いまだ水納島では観たことがないカニさんなのだけど、きっといずれ…。

 水納島では観たことがないかわりに、遠いモルディブの海で似た種類のカニさんに出会ったことがある。

 20世紀最後の12月に訪れたモルディブでのことで、色味の鮮やかさには欠けるものの、ホシベニサンゴガニの近縁種であることは間違いなさそうだ。

 このカニを見つけた私が狂喜したのは言うまでもない。

 狂喜しすぎて、前後のことをすっかり忘れてしまった…。

 当時の欧州人ダイバーといえば、このようなスモールクリーチャーよりもサメだウツボだでっかいカサゴだ!で盛り上がるヒトが多かったけど、近頃では海の向こうの方々もこのテのカニさんたちを愛でていたりするんだろうか?

 おそらく現在の変態社会は、地球規模にワールドワイドなのだろう。