エビカニ倶楽部

イソギンチャクモドキカクレエビ

体長 15mm

 水中写真を始めた当初、バイブルは中村征夫さんの写真集だった。

 結婚を機にそれまで勤めていた水族館を退社し、家事に追われるほど忙しくない専業主婦には時間がたっぷりあったこともあって、街中にいながらにして海へと誘ってくれる写真集「海中顔面博覧会」を、1枚1枚の作品ごとにつけられているタイトルコピーを暗記してしまうほど何度も何度も眺めていた。

 そんな写真集の素敵な作品たちのなかで気に入っていたのは、やはりエビ・カニの写真だ。

 特に「インベーダー」と銘打たれているエビなんて、もしその撮影地であるフィリピンに行くことがあったなら、絶対絶対撮りまくってやる~と誓っていた(その後ホントにフィリピンに行ったときその誓いを果たした♪)。

 イソギンチャクモドキカクレエビは、バイブル写真集には「月面探査」というタイトルで登場している(当時はまだ和名がつけられていなかったのか、15文字も要する和名などデザイン上無理だったのか、「カクレエビのなかま」としか書かれていないけど)。

 写真集でその存在を初めて知って以来、海の中でぜひとも見てみたいエビのひとつになったのだけど、水納島に越してきてからもなかなか出会えなかった。

 なにしろ90年代半ば当時、このエビについては(論文等専門書を除くと)新星図書の沖縄海中生物図鑑の第8巻「甲殻類エビ・ヤドカリ編」しか情報源がなく、しかもその唯一の情報源には

 数はあまり多くなく、見つけるのは困難

 と書かれていたため、私もなかばあきらめていた。

 ところがある時、島に住む我々を訪ねて遊びに来てくれた友人と潜っていた時、彼女が手招きするので見に行くと、なんとそこにはこのイソギンチャクモドキカクレエビがいるではないか。

 彼女は生き物全般は大好きながら、特別エビが好きというわけでも、カメラを携えているというわけでもなかったのに、どうやって発見したんだろう?

 後刻尋ねると、ビロ~ンと広がっている直径20cmほどのオオイソギンチャクモドキをライトで何気なく照らしたところ、あれよあれよという間にイソギンチャクが丸まり、その上で「なんだなんだ、どしたどした?」と動き回っているこのエビを発見することとなったのだという。

 彼女のおかげでサーチのツボがわかったおかげで、その後は何度も出会えるようになったイソギンチャクモドキカクレエビ、水納島ではオオイソギンチャクモドキでしか観たことがない。

 ちなみにオオイソギンチャクモドキとは、↓こういうイソギンチャクだ。

 これが開いている状態で、丸まると提灯のような↓こんな姿になる。

 人為的な刺激を受けずとも、イメージ的には夕刻になると丸まる傾向があるように見えるオオイソギンチャクモドキ、丸まっているときに中央ホールから中を覗き込むと…

 ん?

 イソギンチャクの口のところに……

 あ!

 クローズアップ。

 太陽光が無くなる夜間に体を全開にしていている意味がないから、おそらくは自らの身を守るためにオオイソギンチャクモドキはツボ状になっているのだろう。

 そこに住むエビちゃんたちにとっても、ツボ状になってもらえれば、夜間は完全無欠の安全地帯になるようだ。

 日中は丸まっていることはまずないから、オオイソギンチャクモドキの触手がある面をサーチする必要がある。

 ただ、水納島で観られるオオイソギンチャクモドキはバイブル写真集の「月面探査」のものとくらべてやや触手が長いものが多く、その合間にこのエビがいると、写真を撮ってもエビがどこにいるやら、なんだかわからない写真になってしまいがちだ。

 また、彼らは脚の先でイソギンチャクの表面を引っかけて引き寄せ、上手にイソギンチャクで身を包むようにして隠れるため、居場所によっては体が見えなくなってしまう。

 なのでその姿を余さず拝むためには、ビビッて隠れようとしていない状態でいてもらうほかない。

 すると…

 全身を拝む機会に恵まれる。

 ↑これはオスで、体はスマート、ハサミ脚の片方がでっかい。

 一方メスは…

 体はプリップリ、ハサミ脚は体に比して小さい。

 1つのイソギンチャクにたいていペアで見られる両者の体格差はこんな感じ。

 たいていペアでいるとはいっても、日中オオイソギンチャクモドキが常態のときに2匹が寄り添っていることはまずなく、何かの拍子にイソギンチャクが丸まった際に、イソギンチャクの口のあたりに2匹がいる…というシーンしか観たことがない。

 ひょっとして大柄でプリップリのメスがオスを呼び寄せる際に、手っ取り早くなんらかの刺激を与えてイソギンチャクを丸めさせていたりして…。

 最初の出会いまでは苦労しつつも、その後はちょくちょく会えていたイソギンチャクモドキカクレエビ。

 ところが98年のサンゴの大白化時の高水温によるダメージが大きかったのか、リーフ上のサンゴの壊滅とは若干のタイムラグを経て、オオイソギンチャクモドキがほぼ死滅してしまった。

 エビを探そうにもまず宿主が見つけられないとなれば、イソギンチャクモドキカクレエビに会えるはずはなし。

 あれほどフツーに観ることができたのに、まさに「見つけるのが困難」になってしまったのである。

 それから再び水納島の海にオオイソギンチャクモドキが戻ってくるまで7~8年かかり、そこにイソギンチャクモドキカクレエビの姿が見られるようになるまでさらに1~2年。

 ものすごく久しぶりにイソギンチャクモドキカクレエビの姿を目にしたときは、初めてこのエビと出会ったときと同じくらい、いやそれ以上にヨロコビに満ち溢れたものだった。

 おかげさまでその後今日(2022年)に至るまで、イソギンチャクモドキカクレエビとはコンスタントに会えており、この稿で紹介している写真はすべて復活後に撮ったもの。

 イソギンチャクの復活からエビの「復活」を確認するまで時間がかかったのは、ひょっとするといることに気がつかなかったからかもしれない。

 なにしろチビターレはほとんど透明なのだ。

 これより小さいとさらに透明なはずで、そうなると確認できる自信が無い…。

 ちなみに、オオイソギンチャクモドキの復活を確認して以後は、何度も何度もチェックしていたのだけれどエビは確認できずにいた。

 ところが初夏にふと訪れた某海洋写真家ことKINDON氏が久しぶりに水納島で潜っていわく、

 「イソギンチャクモドキカクレエビがおりましたでェ」

 復活確認の栄誉もまた、彼のものとなったのだった。