体長 10mm
「海老反り」という言葉がある。
一般的な姿勢の意味と同じながら、片手または両手をかざし、体を後ろに大きく反らしつつ、相手の強さに圧倒されるさまを表す演技として歌舞伎の用語にもなっているから、相当古い言葉なのだろう。
ただ、数多いエビの仲間をザッと見渡しても、そのように体を反らせているエビなどほとんどいない。
むしろ、おせち料理などのおめでたい料理に欠かせない海老やかっぱえびせんの袋に描かれているように、腰を内向きに曲げた状態こそがエビたちの姿だ。
その姿勢が腰の曲がった老人に似ていることから、エビは腰が曲がるまで長生き…ということで長寿を想起させるということで、縁起がいい料理ということになっているらしい。
ところがここに、そのご長寿感に真向勝負する、ホントにエビ反りのエビがいる。
このイソギンチャクモエビだ。
なにしろイソギンチャクモエビときたら、中国雑技団も真っ青、名古屋城の金のシャチホコさながらの姿勢が常態なのだ。
これぞまさにエビ反り。
そんなイソギンチャクモエビは、その名のとおりイソギンチャク類など刺胞動物の傍らで暮らしている。
大きくてもせいぜい2cmほどと小さいエビなので、そのサイズの生き物を注視していないかぎりけっして目立つエビではない。
けれどイソギンチャクおよびその周辺といえば、言うまでもなくエビカニサーチの重要チェックポイント。そういったところをつぶさにご覧になる変態社会の人々にとっては、イソギンチャクモエビはお馴染みのエビたちだ。
名前が似ているイソギンチャクエビのようにイソギンチャク本体に載っていることは滅多になく、その周りにいることが多いのだけど、それが1匹2匹ではなく、ときにはサザエさん一家のようにたくさん暮らしていることがある。
その様子はホントに家族のようにも見え、時にはマスオさんとタラちゃんがいることもある。
もっとも、卵から孵化した彼らの幼少時代を考えれば、ひとつのイソギンチャクに集まっているイソギンチャクモエビたちはみんな他人のはずで、磯野家というよりはむしろシェアハウスといったところかもしれない。
血縁関係はどうあれ、上の写真で便宜上マスオに例えたエビも相当小さい個体なのに、それよりもさらに小さなチビチビモエビ。
それでもやはり、ポーズはエビ反りだ。
ちなみに画像じゃわからないけど、彼らはこのポーズのままピタッ…と静止しているわけではなく、腰から先のしっぽ(実際は腹部)を上下にピコピコフリフリさせている。
車のワイパーの動きを見ているだけで眠たくなるヒトなら、彼らの動きを注視しているうちに眠ってしまうかもしれない。
ただでさえきついポーズをしているというのに、そのうえそんな運動をずっと続けているイソギンチャクモエビたち。
実は楽屋裏では、「あー、疲れたぁーッ!」とばかり、腰をまっすぐ伸ばしているのかもしれない…
…と冗談で言っていたら、ホントにまっすぐ伸ばしていた。
…疲れたぁーッと言っているかどうかは知りませんが。
彼らが拠り所にする刺胞動物にはいろいろあって、同じイソギンチャクでも集団発生タイプの小さなイソギンチャクが群生しているところでも観られる。
イソギンチャクモエビたちは、複数いるなかのでっかいものがメスで、卵を抱えているときはお腹がプックリして見える。
他のエビたちの場合だと、その意図はなくともたまたま卵が写っている、ということがままあるのだけれど、イソギンチャクモエビたちは小さいうえに不透明なボディだからか、卵を抱えているっぽいメスを撮っても、なかなか卵が卵として写真に残っていない。
ところが上の写真では、珍しく卵が漏れ写っていた。
イソギンチャクモエビの卵は、イクラちゃんのような色をしていた。
卵の色は濃いし、体もわりと目立つ色なのだから、いくらイソギンチャクのそばにいるといってもなるべく目立たないようにしているほうがよさそうに思えるのだけど、他のサンゴは無事だったのに、なぜかそのイソギンチャクだけが白化してしまった際、どういうわけかわざわざ真っ白なイソギンチャクの上に載っているものがいた。
オンステージ!てな気分だったのだろうか…。
また、ピンクのトゲサンゴについていたものもいた。
刺胞動物のそばが好きなイソギンチャクモエビといえども、イシサンゴ類についているのはけっこう珍しく、おまけにピンクなものだから、ここぞとばかりにパシャパシャ撮ってしまった。
けっこうお気に入りなので、その年作ったポストカードの1つにもなっている。
イソギンチャク類さえチェックすれば、いつでも会えるといってもいいイソギンチャクモエビ。
どこにいてもとにかくいつもフリフリフリフリと楽しそうに腰を揺らしている彼らを眺めていると、ついつい時間の経つのを忘れて、ついでに写真を撮るのも忘れてしまいそうになってしまう。
ピンクのモエビのときは、撮るのを忘れないでよかった…。