(クロワッサンでの通称)
体長 20mm
冒頭の写真をご覧になって、ただちにこれがいったい何なのかすぐさまわかった方は、相当な変態と自覚していい。
私はこれを、ダイビングを始めてから10年以上経っている2000年になって初めて気付いたのだけど、だんなは学生時代からずっと気になっていたという。
そういえば昔からちょくちょくだんなから「小さな穴からシュッシュッシュッと素早く脚のようなものだけ出すあの生き物はエビか?ゴカイか?」と訊かれていた…
…ということを、自分で確認して初めて思い出した私。
自分で確認しなければ存在しないことと同義というのは、多くのB型人間にとって同様と思われる。
私がようやくその存在を知ることができたきっかけは、当時島に遊びに来ていて鳥羽のタコ主任がダイビング中にたまたまこの「脚だけクリーチャー」を見つけ、エキジット後に不思議そうな顔をしてその話をしたことによる。
学生時代から誰にも理解されずに困っていただんなは、その話を聞くや同志を得たとばかりに喜び、彼ら2人で盛り上がっていたのはいうまでもない。
タコ主任の話は眉に1リットルくらい唾をつけて聞いていた私だったのだけど、そこまで言うなら…と潜って確かめてみたら、本当に言っているとおりの様子だったので驚いた。
それをきっかけにこのクリーチャーは、以後私を含めたクロワッサンのスタッフ内でちょっとしたブームになった。
なんの変哲もなさそうでいながらいそうな場所、という微妙な感覚をつかむと、わりとフツーに見かけるようになるこのクリーチャー、静止画像だけを見ればなるほど、エビやカニの腕っぽく見える。
しかし海中ではけっして動きが止まることはなく、加速装置始動状態で↓このような動きをしている。
直径1mmほどの穴から出ているハサミ脚のように見えるものは、先が微妙に動いてなにかをつまんでいるように見え、なおかつ特定の穴限定で出入りしているのではなく、モグラたたきのように出てくる穴を変えている。
これは同じようなクリーチャーが複数匹いるのだろうか、それとも1匹が内部を移動しているのだろうか。
岩の中を移動するっていっても……どうやって?
ともかくもこのクリーチャーは暫定的にエビであるということになり、丹下段平直伝の明日のためのその1「ジャブ」のような動きに見えることから、クロワッサン内では「ジャブエビ」と命名された。
目にも止まらぬ速さで穴から出入りを繰り返すその動きは、まさに矢吹ジョーのジャブ。
それにしても本体はいったいどうなっているのだろう。
いそうな場所はわかったし、ハサミ脚っぽいものがどういう動きをするのかということもわかりはしたものの、ハサミ脚以外の部分はどうなっているのか、そもそもホントにエビなのかということすらわからないまま、ジャブエビはジャブエビであり続けた。
そんなある日のこと。
リーフが入り組んだ浅い水深のポイントでゲストのみなさんがフリータイムを過ごされている時、 何をするでもなく ゲストを見守りつつ ボートの下でプカプカ浮かんでいただんなが、ついうっかりパッチリーフから突き出ている細い岩を足蹴にしてしまった。
ご存知のようにサンゴ由来の岩は脆いので、ちょっとした衝撃ですぐに崩れてしまう。なのでその足蹴にされた岩も、ポキリと折れてしまった。
衝撃はその後訪れた。
折れた岩の断面からとしか思えない出現の仕方で、小さな2cmほどのエビが姿を現したのだ。
そのずんぐりむっくりな姿はテッポウエビ系に見えたけれど、そのハサミ脚のテッポウエビっぽくなく、おまけに脚はなぜか1本だけビヨーンと長く伸びている。
ん?
この脚といえば……???
これはひょっとして……ジャブエビの本体なのではなかろうか。
しかしその時現れたエビはずっと岩の中にいるからか全体的に病的な青白さで、よく目にするジャブエビのハサミ脚の色とは全然違って見えた。
でも岩の中にいたらしきことといい、ハサミ脚の長さといい、状況証拠的にはジャブエビ認定してもいいのではなかろうか…。
ということがあったので、その後は「ジャブエビはどうやらテッポウエビらしい」という話になり、我々は偶然ながらも正体を目にすることができた、と自慢げに語るようになった。
そうなると黙っていられないのが、我々以外にもこの正体不明のクリーチャーに興味を持っておられたゲストの方々だ。
その正体を観てみたい!
そのお気持ち、よくわかります。
かくいう私もだんなも、正体らしきものを観ることができたのはよかったものの、当時はガイドとして潜っていたためにカメラを携えておらず、記録写真を残せていないという悔しさがあった。
せっかくゲストがそこまで切望されていることだし、ここはひとつひと肌脱ぐとしますか!
…というわけで、どうしてもその正体を見極めたいというゲストのわがままな望みをかなえるため、私は小道具を手に潜っていた。
2008年の夏のことである。
これまでの観察により、当時すでに
といったことを掴んでいたので、方法についてはすでに検討を重ねてあった。
あれほど切望されていながら、実際やるとなるとゲストたちは1歩も2歩も引いておられたような気配があるなか、私はあくまでもゲストのため、コラテラルダメージには断腸の思いを抱きながら実力を行使。
ええ、これも「ファン」ダイビングなんです、ゲストによっては。
そして………
ついにジャブエビの正体が!!
アイアイの中指のように細長いハサミ脚は、紛うことなきジャブエビの印。
ほ……ほんとに…ほんとに、ジャブエビはエビだった!!
それもテッポウエビの仲間ってことでまず間違いないだろう。
この衝撃のドキュメントを当時当サイトで披露したところ、掲示板にて「通りすがり」の方からその正体が載っている海外のサイトをご教示いただいた。
さっそく拝見してみると、しっかり学名までついていた……。
こんなエビを研究対象とし、いち早く公的に記載してしまっているとは…。
欧米社会のアカデミック変態社会のパワー、やはり侮れない。
なにはともあれ、長年の大きなナゾのひとつが、こうして見事に明らかになったのであった。
ただひとつとても残念なことが。
当時ご教示いただいたおかげでこのエビの学名まで知ることができたというのに、その学名を当サイト上にアップしておらず、おまけに掲示板では過去過ぎて掘り出せず、PC内のどこかに書き記したはずの名前やサイトのアドレスは消失してしまった。
ジャブエビの学名をご存知の方、是非ご一報ください。