体長 30cm
大学時代、先輩たちの巧みな口車に乗せられて入ったダイビングクラブは、1年生はドレイ扱い、週1回の活動日には海で合計5~8kmほど泳ぐ、という絵に描いたような体育会系クラブだった。
今はどうだか知らないけれど、当時の学生は貧乏ということもあって、クラブではスキューバダイビングは高級レジャーで、余計な費用が掛からない素潜りで遊ぶのがもっぱらだった。
そのためナイトともなれば右手にモリ、左手にライト、そしてバディの後輩は網を持って先輩に従い、、
目指せ伊勢エビ!!
と雄叫びをあげてエントリーしていたものだった。
ダイビングがレジャー産業としてなりたちかけていた頃だからまだまだダイバー人口など微々たるもので、だからこそ本来レジャーのはずのダイビングが「体育会系のサークル」として成り立ってもいたのだろう。
そんな学生を見守る当時の社会はあくまでも優しく、県内的に「海といえば何か採ったり獲ってくるところ」と認識しているようなゆるやかすぎるほどに寛容だった時代でもあったのだ。
我々のような貧乏学生ならずとも、そのような時代に沖縄でダイビングライフを送っていた方であれば、冒頭の写真のような状況を目にすれば、いまだに血が騒ぐのではなかろうか。
体に染みついたその感覚のために、私など今でも↓このようにヒゲが見えただけで…
…水産資源としてロックオンしそうになってしまう。
私世代の方ならきっと、思わずうっかり手が出ちゃう…なんてこともあるに違いない。
けれど、視力が悪いエビたちにとって触角は大事なアンテナで、こうして身を乗り出しているときは始終触角を上下左右に動かし、周辺をサーチしている。
眼が悪いから眼前に手を差し延ばしても逃げないかわりに、この触角に少しでも手が触れようものなら、イセエビはたちまち穴の奥深くに姿を消してしまう。
また、眼が悪いといっても光はしっかり察知できるから、ウカツにLEDの強烈ライトを当ててしまっても、同じような結果になるから注意が必要だ(ストロボのように瞬間的だと、いまひとつ理解していないフシがある)。
ちなみに、現在新築工事中の牧志の公設市場といえば、活けイセエビが大量に生け簀に収容されている。
それが当たり前の光景になって久しいけれど、このようにイセエビが市場に並ぶようになったのは観光客に対応するようになってからのことだという。
もともと沖縄県内ではイセエビの需要はさほどでもなかったのだ。
我々の学生時代に沖縄本島周辺のあっちゃこっちゃの海に伊勢エビがいっぱいいたのは、そういう事情もあったのだろう。
本島でもそうだったのなら、水納島のような離島であれば、イセエビなどさぞかしたくさんいるのだろう…と思われるかもしれない。
ところが意外なことに、我々が越してきたばかりの前世紀末くらいは、イセエビなど超レアクリーチャーだった。
当時夜な夜なモリを片手に海に繰り出していた船員さんに聞いたところによると、よそから船で来るウミンチュたちに、ひところ獲り尽くされてしまったらしいとのこと。
我々が越してきた頃はすでに、イセエビの需要が増していたらしい…。
世の生き物がその姿を消していく最たる原因は、海で遊ぶ人のせいはなく、趣味的に獲物をゲットするヒトのせいでもなく、直接的にも間接的にもお金のせいなのだ。
21世紀の今日ではそのスジの方々までが「シノギ」としてアワビなどを密漁しているくらいだから、水産資源の金銭的魅力は禁止薬物密売と大差ないのかもしれない。
ともかくそういうわけで、水納島に越してきてから最初の2年は、海中でまったくといっていいほどイセエビを目にしなかった。
ところがどういうわけだか2000年を境に、出会う頻度が増えてきた。
伊勢の海で漁獲される伊勢海老といえば元祖イセエビなのに対し、沖縄でイセエビといえばカノコイセエビが代表選手だ。
カノコイセエビはイセエビ類で唯一、第1触角(長く立派なヤツじゃなくて、二股に分かれているほう)に白色が破線状に並んでいるので、そこだけ見れば他と区別できる。
沖縄の海で観られるイセエビ類の中では最もポピュラーだそうだから、たとえダイビング中に出会ったエビを区別できなくても、カノコイセエビと思っていれば8割くらいの確率で正解になると思われる。
カノコイセエビたちは昼なお暗い岩肌の亀裂などに潜んでいて、日中は暗ければ暗いほど、そこから身を乗り出している。
エビが潜むのにうってつけの半洞穴のような場所だと、立派に育ったオスを筆頭に、周辺にはメスや若いものたちが多数いることが多く、ライトを照らした際にヒゲがたくさん見えたりすると、ついつい血がたぎってしまう。
いいサイズのものが2匹並んでいようものなら…
…フィーバーといっていい(獲りませんけど)。
カノコイセエビは、第2触角(長いほうのヒゲ)が白いこともある(上に載っているほう)。
かつてアカイセエビが「カノコイセエビのアカエビ型」と言われていた頃、本家カノコイセエビが別して「シラヒゲエビ型」と言われていたのもよくわかる。
ただし小さければ触角が白いというわけではなく、もっと大きなものでも白いことがあるし、逆にもっともっと小さなものでも白くないこともある。
さすがにこれくらい小さいと血が騒ぐこともないから、心なしかエビチビも心穏やかに見える。
そういえば、出会う頻度が増えてくる前には、このようなチビチビが目につくようにはなっていた気がする。
イセエビ類が20cmほどまで成長するのに要する年数は3年くらいだそうで、5cmちょいほどであろうこのチビがそれなりのオトナになるまで1年くらいだとすれば、タイミング的にも20世紀末のチビチビが21世紀初頭の水納島の「伊勢海老」を支えていたのだろう。
たまたま海底で拾った脱皮殻ながら、これまでのミニマム記録は↓こちら。
イセエビといえば30cmほどもある海老、と信じている方なら、ひょっとすると特大サイズの1円玉だと勘違いされるかもしれない?
赤ちゃんサイズと言いたくなるところながら、ご存知のように甲殻類は赤ちゃんの頃は別形態の幼生姿で浮遊生活をしているから、生活史的には赤ちゃんではなく少年といったところか。
4月~7月くらいには、メスがお腹に抱えている卵を観ることができる。
設定されている禁漁期間が、まさに繁殖期であることがよくわかる(昔は4月~6月だった)。
この卵がやがて孵化し、幼生は1年ほど浮遊生活をし、小さなエビとなって浅いところで暮らし始め、暗がりで立派な「伊勢海老」になり……
…そして私の血がたぎる。
卵ちゃん、大きくなって戻っておいで。