甲長 5mm
ヤドカリといえば、貝殻を宿にして暮らしているもの…
…という「常識」を超えた、いわば常識はずれのヤドカリがこのカンザシヤドカリだ。
彼らはヤドカリには欠かせないはずの貝殻の定宿(?)を持たず、サンゴに穿たれているせいぜい直径5mmほどの穴を住まいにしているのだ。
この穴はイバラカンザシなどのゴカイ類の棲管の跡地利用で、その穴から不釣り合いなほどに大きなぷっくりとしたハサミと、カンザシの名の由来でもあるよく動く触角と、エノキダケのような瞳をのぞかせている。
これがまた…
とってもカワイイ。
住処の関係で、カンザシヤドカリはイバラカンザシが見られる環境でよく観られる。
イバラカンザシはサンゴの表面にわざと取り込まれるようにして棲管を定着させるので、↓このテのサンゴにはイバラカンザシがたくさんついていることがよくある。
となるとカンザシヤドカリもまた、ひとつのサンゴ郡体にたくさん住んでいることもあり、マクロレンズの狭い画角でさえ3匹ほどいることもザラだ。
仲良さげに2匹が寄り添うシーンは、比率的にはそれほど多くはないものの、なにせ個体数が多いだけに、意識していれば日常的に遭遇できる。
個体数が多く居場所がわかりやすいおかげで見つけるのがたやすいということもあって、「ガイドダイバーがゲストに見せているヤドカリ」ランキングでカンザシヤドカリは断トツトップであることは間違いない。
居場所によってはメルヘンチックにもフォトジェニックにもなるので、特にヤドカリ類が好きなわけじゃなくても、じっくり眺めてみたり撮ったりしたことがきっとあるはず。
あいにくこの稿の小さな写真では、特徴的な触角まで画面に入れてしまうと本体がすっかり小さくなってしまい、海中と同じくクラシカルアイでは見づらくなってしまう。
そのため以後は触角を画面に入れずに本体に注目することになるので、その前に触角をじっくり観ておこう。
まるでウミシダの腕のようなこの触角を前後左右に動かし、海中に漂う有機物をゲットしてエサとしている。
触角についたエサを摂る際には、触角をビヨンと曲げ、先っちょに細かい毛が密生している口器で漉しとっているっぽい。
カンザシヤドカリの食事はすべてこのアンテナフード(?)による、というわけではなく、周りからコロコロ…と転がってくる何かのフンなども好んで物色している様子がうかがえる。
フンが自宅に転がってくるだなんて、我々ヒトからすれば迷惑千万な話ながら、カンザシヤドカリにとっては千載一遇のボーナスチャンスなのかもしれない。
触角はちろんエサゲットのためだけではなく、周辺サーチにも有用だし(↓コスゲタッチばりのカンザシタッチ)…
…コミュニケーションツールとしても活躍している。
黄色い点々が散りばめられた眼もさることながら、ハサミ脚もかなり特徴的で、プックリと膨らんでいるハサミ脚の表面には、意外に戦闘的なトゲトゲがズラリと並んでいる。
両サイドのギザギザも斜め前に向かって突き出ているため、↓こういうアングルで観るとハサミの内側にだけトゲトゲがあるように見えるし…
ハサミ脚の向きやピントの加減によっては、むしろなめらかな表面であるようにも見える。
肉眼では確認できるはずもなし、写真で見てビックリなカンザシヤドカリの戦闘的トゲトゲだ。
ところで、数多いヤドカリさんたちにはそっくりな種類も数多く、それらを見分ける際の重要なチェックポイントとして、「眼柄」と呼ばれる、先っちょに眼がついている棒状の部分がある。
その色模様が種ごとに決まっているために、姿形では見分けがつかなくとも、眼柄の色模様をキメ手にして種類を区別できるのだ。
カンザシヤドカリについても、図鑑的な眼柄の説明では「暗赤色の地に黄色の縦縞が入る」と述べられている。
ところが、これまで憑りつかれたように撮ってきたカンザシヤドカリの写真をツラツラ見返してみると…
眼柄も体全体の色味もそれぞれビミョーに異なっていて、顔(?)周辺を中心に青味が強い個体が案外多い。
これは暮らしの場にしているサンゴの種類その他、環境に左右されているのだろうか。
でも異なる色味の2匹が、同じところで仲良さげにしていることもあるし、そうかと思えば先ほど紹介した互いの触角でイチャイチャしている2匹は、ほぼほぼ同じ色味に見える。
昔からお馴染みのヤドカリ、と油断していたら、今さらながらのカラーバリエーション発覚。
穴から出て行うという交尾シーンも観たことがないし、そもそもオスとメスはどのように出会っているのかということすら知らない。
フィルムで撮っていた頃こそ枚数制限があったけれど、デジタルになってからは憑りつかれたように撮ってきたというのに、まだまだ知らないことが多いカンザシヤドカリ。
今後さらに憑りつかれることになりそうだ…。