エビカニ倶楽部

コブシガニモドキ

甲幅 10mm

 埼玉に住んでいた子供の頃、潮干狩りといえば千葉の内房に行っていた私。

 潮干狩りといっても無類の生き物好きの私は、あきれる家族を尻目に、バケツとスコップを手に、イソギンチャクやヤドカリ、タツノオトシゴなどを嬉々として捕っていたものだった。

 海無し県埼玉在住の生き物好きの子供にとっては、「海」は永遠に興味が尽きないパラダイスなのだ。

 そんな潮干狩り(?)で捕まえた生き物たちの中に、コブシガニの仲間がいた。

 2cm弱の甲羅は丸くてスベスベしていて、全体にオレンジ色でとてもかわいいのにハサミはわりと長くてカッコイイ。

 干潟ではそこらじゅうでホイホイ捕れるくらいたくさんいるから私にとって定番クリーチャーで、なによりお気に入りだったのは、捕まえるとハサミ脚を広げカチコチに固まってしまう習性だ。

 死んだふりなのだろうか?

 捕まえてからそれをバケツに入れてしばらくすると、まるで魔法が解けたかのように、すばやく動き出すのだ。

 子供が戯れることができるカニといえばせいぜいサワガニくらいの埼玉に住まうものとしては、実に魅力溢れるクリーチャーだった。

 雲の向こうのお月様よりも朧な記憶をたどりつつ大人になってから図鑑を開いてみると、そのカニはツノナガコブシガニだったようだ。

 水納島の海で懐かしい再会をしたいところながら、あいにくツノナガコブシガニは分布していないようで、そもそも沖縄の海ではかつて潮干狩りで出会ったような甲羅が陶器のようにツルツルした種類は観られない…

 …と思いこんでいた2008年のこと。

 一望白い砂の海底をかなり強い流れの中這い進んでいた際、流れに対抗するため砂に手を突っ込みながら匍匐前進(?)していたところ、砂中の手の先に「ん?」という感触があった。

 そのまま掴んですかさず砂上に取り出してみると、はたしてそれは、真っ白で丸くてスベスベしている小さなカニだった。

 初めて出会うカニだ。

 初遭遇ではあるけれど、そのツルツルの甲羅にこのフォルムとくれば、昔懐かしい潮干狩りを思い出させてくれるコブシガニの仲間であることは間違いない。

 白磁のような甲羅と愛らしいその形状に、思わずウットリしてしまう。

 けれどじっくり観たい私の気持ちを知ってか知らずか、彼は死んだフリをするどころか一瞬たりともジッとする間もなく、あっという間に砂に潜っていく。

 どうやらカラッパのように、砂底環境に適したカニのようだ。

 一望白い砂の海底という、なんの指標物もない場所であることを考えるとそうそう出会えるものではなさそうだけど、それから10年以上経った現在(2022年)では、このカニはコブシガニモドキとして広く(?)知られている種類らしい。

 当時の図鑑にもコブシガニモドキは掲載されていたのだけれど、純白とは程遠い写真だったから別モノと思っていた。

 それは生息環境による差異なのだろう。

 当時の私は長年使っていたフィルムカメラ用ハウジングが壊れてしまって低性能コンデジしかなく、かろうじて証拠写真だけしか残せなかったから、是非とももう一度会って、陶器のようなツルツル感をもう少しちゃんと撮りたいところ。

 でも砂上にチョコンと居てくれるのならまだしも、茫漠たる砂底のどこかに潜んでいるこの小さなカニを見つけ出すだなんて、考えただけで気が遠くなる…。

 幸い水納島は砂底環境には事欠かないから、きっとまた偶然の出会いがあるはず。

 その千載一遇のチャンスにカメラが無い、なんてことがありませんように…。