体長 4cm
カメラ派ダイバーのゲスト夫妻を案内中、遠目に見ても「初めて見るエビ」と確信できるエビが、やや地味なトサカにいるのを見てしまった。
アドレナリン大噴出。
ゲストのカメラを奪って撮りたいのをなんとか堪え、興奮をなるたけ抑えつつ涼しい顔をしてゲストにご覧いただき、次の日早速カメラを持ってトライ。
そういうときはえてしていなくなっているもの……と諦観しつつ期待せずに再訪してみると、そんな謙虚な心が天に通じたのか、同じエビがまったく同じところにいてくれた。
地味系トサカに乗っていれば、どんな節穴でも見逃しようがない派手なオレンジ色に、頭の前の羽のようなもの(触角鱗)がなんとも異常に長くて幅広なのが印象的だ。
こんなエビ、図鑑でも観たことがない。
すっかり新種のエビと思いこみ、その後何人かに吹聴してしまった。
ところがしばらくして現像があがり(なにしろ前世紀末のことなのでフィルムです)、周りにいた人間に写真を見せたところ、当時当店でスタッフとして強力にサポートしてくれていた新進カメラマン・ミスター杉森から
「これ、以前に雑誌でワリバシエビ(通称)って紹介されていたような気がする……」
と聞かされた。
さらにその後続けざまに複数の雑誌でこのエビ、つまりコガラシエビ(和名まで付いていたのだ!)を目にすることになってしまった。
しかも写真の説明には無情にも、
ガレ場でよく見られる
とあった……。
誰も知らないこんな新種を発見したからには、この先1年間くらい私は業界から引っ張りだこになるに違いない、ウヒヒ……
と舞い上がっていた心はたちどころに推力を失って墜落し、数ヶ月後には個人的にもうすっかり”過去のエビ”となった。
そしてほぼ時を同じくして、このエビがいたトサカも、この年のサンゴ礁大白化の原因となった水温上昇のせいでとろけるように萎んでしまい、根元付近がチョロッと残るだけになってしまったのだった。
そこにいたはずのコガラシエビも、もちろん姿を消した。
この初遭遇以後、ときおり思い出したようにチラホラ…と姿を現すコガラシエビながら、水納島の場合、発見当時目にした「よく見られる」という説明ほど頻度高く出会えるわけではまったくない。
むしろレアといってもいいほどだから、思い出したように出てきてくれると、やでうでしやとばかりに撮ってしまう。
上から見ると、かつての通称「割り箸エビ」の由来がよくわかる。
というか、「木枯し」よりも遥かにわかりやすいと思うんだけど…。
名はともかく、こんなに頭部(?)が立派なわりには、コガラシエビにはメインとなる大きなハサミ脚が1対も無い。
そのため妙にアンバランスで、ハサミ脚がもげてしまったザリガニのような印象を受けるのだけど、大きくはなくともちゃんとハサミ脚はある。
格闘用の大きなハサミ脚など無くとも、高性能マニュピレーターのようなこの小さなハサミ脚があれば十分こと足りる平和な暮らしをしているのだろう。
そういえば、初遭遇から四半世紀近く経ち、その後も何度か出会ってはいるコガラシエビ、これまで撮った写真を振り返ってみると、トサカのような刺胞動物の上にチョコンと載っていたのは、最初に出会ったときだけだったりする。
当初目にした「ガレ場でよく見られる」という説明からしても、トサカの上に乗っていたのは、なにげに千載一遇のチャンスだったのかも…。