甲幅 10mm
海なし県埼玉に暮らしていた子供の頃の私にとって、カニといえばそれはサワガニのことだった。
サワガニはその生活史がすべて淡水系で完結する陸封型のカニなので、海が無い埼玉県でも(田舎なら)おなじみのカニだ。
初夏にはメスのおなかにイクラのようなオレンジ色の大きな卵があふれているのが見られたり、運が良ければ、孵化した仔ガニをいっぱい抱えている様子も観察できた。
メスは卵や仔ガニを抱えるためにおなかのフタ(実際にはそれが本来の腹部)が丸くて大きく、オスはその必要がないためにフタは細く小さい、ということにも気がついた私はやはりタダモノではないと思っていたら、だんなも含め当時の田舎の子はフツーに知っていたのだった。
このおなかのフタの大小で雌雄を見分けるというのはたいていのカニで有効なのだけど、コノハガニの雌雄の違いはおなかのフタどころではなかった。
甲羅の形そのものが、雌雄でまったく異なるのだ。
背側からみると、メスは甲羅の肩(?)の部分が裃のように横に張り出す多角形フォルムなのに対し…
オスは細い三角形。
知らずに見たら、まったく違うカニだと思うのは間違いない。
オスであれメスであれ、そのフォルムがクッキリ目立つようにいてくれれば見つけやすいのだろうけれど、あいにく彼らは擬態の名手で、特に海藻類を好んで身を寄せている。
冒頭の写真のように、サボテングサがコノハガニのお気に入りの海藻のひとつのようだ。
2000年前後の水納島のやや深い砂底にはサボテングサの10株ほどの群落が随所にあったから、そのあたりでサーチするとたいてい2~3個体と出会うことができていた。
さて、↑この写真のどこにコノハガニがいるでしょう?(PCでご覧の場合は、写真をクリックすると大きな画像になります)
先ほど紹介したメスが住処にしているのもサボテングサで、横から見ると、クローズアップしても海藻の一部にしか見えない。
↑これは随分立派に育っているオトナサイズで、脚まで緑色に染めて完全にサボテングサ化している。
身を寄せているモノへのそっくりな感じは、まるで東南アジアのジャングルに潜む擬態昆虫のようですらある。
おまけに頭の先などに海藻をくっつける芸の細かさも備えているコノハガニ。
海藻どころか、ホヤをいくつか背中に背負っているものもいる。
そのうえ体色は寄り添うものに合わせ、緑だったり赤だったり薄茶だったりする。
なので寄り添っているものはサボテングサでも、周辺の岩肌に赤系の海藻が目立つような場合は、体は緑色なのに、脚だけ赤いものがいたりもする。
ここまでカモフラージュされてしまうと、たとえそこにいたとしても、いると信じてサーチしないかぎり発見はムツカシイ。
昔はコノハガニに会いたければサボテングサ群落に行けばよかったものが、近年はサボテングサの群落が激減してしまったから、そこに行けば会えるという場所がなくなってしまった。
そのぶんいろいろなところでサーチし続けねばならず、そうすると他の魅惑的クリーチャーが出てきて、それを撮っているうちに時間切れ…なんてことになる。
気がつけば近頃のコノハガニといえば、年に1~2度の疎遠な存在になってしまっていた。
サボテングサ群落がまた随所に復活してくれれば…
…なんて言っているうちに、サワガニがいた埼玉の小川もとっくの昔に無くなっていたりして。