体長 25mm
テッポウエビの名をまず最初に全国区(?)に押し上げたのは、「共生エビ」と総称される各種テッポウエビたちだ。
何かの動物を拠り所にするエビは〇〇ヤドリエビとか〇〇カクレエビなどいろいろいるけれど、「共生エビ」という場合、特にハゼと共生しているテッポウエビ類のことをいう。
ハゼはハゼで「共生ハゼ」と総称されるグループを形成しており、このテの魚を愛する方々はエビカニ類よりも圧倒的に早いうちから変態社会を作り上げており、たとえ敷居は低くとも一度入れば出られなくなる危険な世界になっている(※個人の感想です)。
共生エビと総称されるテッポウエビ類にもかなりの種類がいて、ハゼとエビの好む環境のマッチングということなのだろう、種類ごとに共に生きる相手はある程度決まっている。
不思議なことにこのコトブキテッポウエビは、水納島のような白い砂が広がる海底で観られる共生ハゼのなかでとりわけ人気が高い、ヤシャハゼ、ヒレナガネジリンボウ、ヤノダテハゼといったハゼたちをパートナーにしている。
そのためそういったハゼたちに注目しているダイバーも、このおめでたくも派手な赤白のテッポウエビを幾度となく目にすることになる。
ただし光を当てればおめでたい色になるコトブキテッポウエビながら、そうと知らずに海中でノーライトで見ると黒白に見え、他のダイバーを気遣って慎重に遠めに眺めている奥ゆかしい方の目には、冠婚じゃなくて葬祭のほうの色味に見えてしまっているかもしれない。
だからといってウカツに近寄ると、たとえハゼがそのまま外に残っていても、テッポウエビは引っ込んだっきり出てこなくなる。
ハゼとテッポウエビの共生関係は、ハゼが外敵の見張り役、エビが巣作り&補修作業という役割分担になっており、視力が弱いエビたちは、巣穴の外に出ている際はハゼの体やヒレに触角を絶えず触れさせ、見張りのハゼが体やヒレをふるわせて送ってくる信号を受信している。
うっかり八兵衛ダイバーがホイホイ近づいて来ようものなら、ハゼは危険信号を直ちにエビに送り、エビは巣穴に引っ込む、という寸法だ。
ちなみに近寄るダイバーがうっかり八兵衛どころか長屋の熊さん八つぁんレベルになると、ハゼまでもあっという間に引っ込んでしまうから、近寄る際は小さな生き物たちへの気遣いをお忘れなく。
ダイバーとして傍で観ていることが許されるくらいの関係性を保っていると、エビは普段どおりの様子を見せてくれる。
巣の補修作業は、ただ砂をかき出すだけではなく、礫や貝殻を使って出入り口の補強にも余念がない。
巣作りが特異な共生エビたちのなかでも、とりわけコトブキテッポウエビは巧みで、他のエビたちが見せないワザも持っている。
共生エビたちは一様にその大きなハサミ脚をブルドーザーのようにして砂を巣穴の外に運ぶのだけど、このコトブキテッポウエビはハサミ脚を使ったブルドーザー方式だけではなく、後ろ向きになって腹肢を高速機動させ、雪かきマシン方式で砂を外に排出する。
私の知るかぎりではこのような方法を用いる共生エビは他になく、人気の高いハゼたちがパートナーに彼らを選ぶのは、このあたりにヒミツがあるんじゃなかろうか…って気にもなってくる。
名前も体色もめでたいコトブキテッポウエビは、栄えあるハゼたちの覚えもめでたいのである。
そんなワザ師のコトブキテッポウエビは、水納島の場合海底環境が一様だからみんなほぼ同じ色柄……
…かと思いきや、意外に変異が観られる。
↓これがノーマルというイメージなんだけど…
ときには底砂が黒っぽい海底にいるもののように、↓黄色味赤味がこんなに濃いものもいれば……
逆に黄色味どころか赤色が一部欠損してアッサリしているものもいる。
濃い目の子がいた場所は、他に比べると小礫が多い海底だったから、環境が理由かもしれないけれど、アッサリ君の場合は、一緒に暮らしているヤシャハゼがむしろ水納島では濃いほうだった。
たまたま白っぽく生まれついたということだろうか。
他と違い過ぎる体色で浮いてしまうと生き残る率が減ってしまう…という厳しい掟もあるサバイバル環境の自然下でここまで大きく成長しているってことは、いかにハゼの見張りが役に立っているかということの証なのだろうか。
ちなみにチビチビヤシャハゼと暮らしているチビチビコトブキは↓こんな感じ。
これが基本カラーということかもしれない。
チビチビコトブキがいるくらいだから、繁殖も順調なようで、いったいどのようにして出会っているのかは不明ながら、繁殖期になるとペアで巣作り&補修作業に勤しむ様子を観ることができる。
そしてメスのお腹をよく観ると……
タマタマ♪
その名のとおり、まことに寿なコトブキテッポウエビなのだった。
※追記(2024年11月)
コトブキテッポウエビが、共生相手のハゼのウンコをも食べるという話をご存知だろうか。
前世紀のその昔、まだ人々がフィルムで写真を撮っていた頃のこと。マクロ撮影が大好きなゲストが1本目に出会ったフレンドリーなヒレネジをいたく気に入り、2本目も3本目も同じところで潜りたい、ということになった。
当時は本島から水納島に潜りに来るダイビングショップなど1軒あるかないかくらいだったから、我々はいついかなる時も好きなポイントで潜ることができていたのだ。
3本すべて同じポイントで潜るということにはなんの抵抗もないけれど、ターゲットは件のヒレネジオンリーだから、毎度毎度そのゲストはヒレネジの前で動かざること山の如し。
その邪魔にならないよう傍らで見守っているだけという「ガイド」をしている我々は、ヒマの極みに達していたのは言うまでもない…。
でもご本人はファインダー越しのヒレネジの世界にハマりこんでいるから、たとえジッとし続けていてもヒマどころではない。
そうやってタンク3本、フィルム3本すべてをヒレネジに費やした結果、そのゲストのおかげで当時まだ誰も知らなかったコトブキテッポウエビ(当時まだ和名は無かったけど)の生態が明らかになったのである。
そう、コトブキテッポウエビがヒレネジのお腹をクチョクチョ…といじくるとヒレネジが排泄し、それをエビが食べるという一連のシーンである。
今でこそ世間に知られているこのエビのウンコ食い、それはこのゲストがこの時の成果をどこかに発表されたからこそ世に知られるようになったものなのだ。
今のように撮った画像をその場で見られるような時代ではないから、我々がその名場面(?)を拝見させていただいたのは次回ご来島時のことになったとはいえ、コトブキテッポウエビの知られざる生態は、もちろん我々の知るところとなってはいた。
もっとも、そのゲストのように1日中共生ハゼに張り付いているわけじゃなし、実際に目にする機会がそうやすやすと訪れるはずもなし。
コトブキテッポウエビのウンコ食いは、知ってはいるけれど観たことはないシーンのひとつのまま、四半世紀の時が流れていた。
ところが!
昨年(2023年)11月のこと、フレンドリーなヒレネジペアの様子をファインダー越しに観ていたところ、巣穴から離れたところでずっとエサをゲットしていたヒレネジメスが巣穴まで降りてきたかと思うと、すぐにテッポウエビが近づいてきてヒレネジのお腹のあたりをチョメチョメし…
…ヒレネジから出てきたウンコをゲット!
拡大。
まさかこういうシーンが観られるとは思ってもみなかったから、エビちゃんの体が隠れてしまうアングルだったのが悔やまれる…。
エビがお腹をチョメチョメしていたのはハゼの排泄を促すためなのか、それともワタシには見えていなかっただけですでにウンコの存在を察知していたエビがさっそくゲットしようとしていただけなのかは不明ながら、四半世紀前に写真を興味深く拝見させてもらって以来、初めて実際に目にするコトブキテッポウエビのワザ。
これは共生エビの仲間たちに広く観られる行動なのだろうか。
でも本文中で紹介しているように、コトブキテッポウエビの↓この得意技…
…すなわち、後ろ向きになって腹肢を使って砂を掻き出すテクニックは、他の共生エビでは観られない。
ひょっとするとハゼのウンコ食いもまた、コトブキテッポウエビのオリジナルテクニックなのかもしれない。