甲幅 5mm
クダヤギクモエビという名前を聞いて、パッとその姿形を思い浮かべることができるヒトは、間違いなく変態社会人である。
それでも昨今変態社会が帝国化している現状に鑑みれば、その知名度は20年前の比ではないほど高くなっているのは間違いない。
というか20年前には、このクダヤギクモエビは温帯域適応種で亜熱帯の琉球列島には分布していない…と思われていたのだ。
2000年に刊行された「海の甲殻類」でクダヤギクモエビの存在を知った私には、そこではっきりと記されている「分布:相模湾~九州」という文字は目に入らなかったらしく、彼らがもっぱら住処にしているというニクイロクダヤギをサーチし始めた。
もっとも、水納島の場合ニクイロクダヤギはそこらにニョキニョキ林立するように生息しているわけではなく、わりと深めの岩陰で小さな群体がいじけているのが関の山だから、サーチする頻度はけっして高くはない。
なので、アカデミック変態社会におけるクダヤギクモエビの分布域認定には気づいていなかった私も、そう簡単に発見できるとは思ってはいなかった。
ところがサーチし始めて間もなくのこと、中の瀬の水深40mほどのニクイロクダヤギを覗いてみると、枝間に毛の生えた鋏脚が見えた!
さらにじっくり覗いてみると、毛が生えた細く白い鋏脚に日の丸のような赤い模様が。
ビンゴ!
クダヤギクモエビとのファーストコンタクトである。
引き続きサーチを続けたところ、このポイントの深場のニクイロクダヤギには、たいていクダヤギクモエビが付いていることが判明した。
なんだ、けっこういるんじゃん、クダヤギクモエビ(その年たまたまだったかも…)。
その後水納島周辺でも、水深25mほどの砂底の根に生息しているニクイロクダヤギの枝間で発見することができた。
この水深なら、通常のファンダイビングでゲストに案内することも可能だ。
ただしそれには大きな問題が。
夜間はいざ知らず、日中のクダヤギクモエビはニクイロクダヤギの密生している枝の奥の奥でジッとしていることが多く、フツーに覗いたところで目にできるのはせいぜい↓この程度。
これなどまだ顔が見えているだけいいほうで、たいていの場合長い鋏脚だけしか見えない。
観づらい場所にいるニクイロクダヤギを覗き込むだけでも大変なのに、見えたと思っても腕1本となると、たとえ見ることができても喜ぶ人は少ない。
一部の図鑑で見られるような、クダヤギクモエビが表舞台に出ているようなシーンはまずもって日中には観られず、そういうシーンを観るためにはクダヤギクモエビに多大な負担をかけなければどうしようもない。
ということもあり、個人的には興奮度120パーセントのクリーチャーにもかかわらず、ゲストにご覧いただいたことはほとんどなかったりする。
ちなみに、その後刊行された「エビカニガイドブック・久米島編」(2003年刊)では、「今回初めて琉球列島にも分布していることが明らかになった」と解説されていた。
それまでは沖縄で見つかっていなかった、ということを初めて知った私である。
私のファーストコンタクトは、まぎれもないファーストコンタクト@オキナワだったのだ。
それを知ってさえいれば、発見後しばらくはもう少し付加価値をつけてゲストにご案内できただろうから、たとえハサミ脚1本しか見えなくても喜んでもらえたかもしれないなぁ…。