甲幅 120mm
水納島の砂底には、時々マルソデカラッパの脱皮殻が落ちている。
生き物系変なモノ収集癖のある私は、その脱皮殻を拾っては持ち帰り、ひそかに「マルソデカラッパ・マトリョーシカ」を作ろうと目論んだ。
すぐさまマトリョーシカ完成というほど頻繁に脱皮殻を見つけるわけではないけれど、やがて小は甲幅1cmほどのものから大は12cmまで、結構いろいろなサイズの殻をコレクションすることができた。
それらをさらにたくさん集めて大きさの順に重ねていくのを夢見つつ、少なくとも10個は集めるのだ!と鼻息も荒く目標を高く据えた。
10個にはまだ足りなかったものの、かなり集まった殻を棚に飾って、いつでも見られるようにしていた私。
ところがそれが災いし、2011年の台風被災時に、せっかくのコレクションは旧我が家もろともダメになってしまった。
哀しみのマトリョーシカ…
…の話はさておき。
それほど殻があるということは、当然本体もいるはず。
ところが殻はわりと頻繁に目にするのに、本体とはなかなか出会えない。
どうやら白い砂底環境のような明るいところでは、昼間はもっぱら砂に潜っていて、活動するのは夜間ということらしい。
でもきれいな脱皮殻があるということは脱皮直後という可能性が高く、殻がある周辺を重点的に掘ってみたら本体登場…
…というキセキはそうそう起こるものではなかった。
ところが2007年の7月のこと。
ゲストを案内中、脱皮したばかりの本体と、鋏も腹帯も一式揃っている脱皮殻の完全体(もちろん持ち帰った)をセットで見る、という僥倖に恵まれた。
写真提供:仙台のT野さん
脱皮直後の本体は脱皮殻の1.5倍…まではいかないまでも1.2倍増しになって甲幅10cmほどで、脱皮殻が日に焼けたように褐色なのに対し、本体は白無垢状態。
カラッパ類といえば、こういう時はすぐさま砂中に潜ってしまうところ、体がまだ柔らかいからか、そのまま砂底に鎮座したままでいてくれた。
写真提供:仙台のT野さん
やっぱいるんじゃん、本体。
貴重な写真をご提供いただいた仙台のT野さんご夫妻は、当時まだご経験本数10本に満たないくらいだったから、できることなら美しい海の写真をたくさんお撮りになりたかったはずのところ、私のせいでこんな変態的なシーンを撮らされる羽目になってしまったのはいうまでもない。
でもこんな僥倖はまさに千載一遇、人生の中でそうそうあることではないはずだから、私自身、マルソデカラッパの本体とはもう2度と出会えないもの諦めていた。
そんな慎ましくも謙虚な(?)諦観が得難い幸運を呼び寄せてくれたのだろうか、だんなのお下がりのデジイチを初めて手にした2012年4月、自腹はまったく切らずにデジイチ使用権を得て、うれしはずかしウヒヒヒヒ…と潜った1本目のことだった。
何かを観ていた際、足元の砂地がモゾモゾ動く…と思ったら、マルソデカラッパ登場(冒頭の写真)。
しかも幻のマトリョーシカ的には一番外側になりうる、甲幅12cmもある立派なマルちゃんだ。
あいにく装備しているレンズは105mmのマクロレンズで、12cmもあるでっかいカニを撮るには不向きなのだけど、この千載一遇に四の五の言っている場合ではない。
…四の五の言っても言わなくてもちゃんとは撮れなかったけど、マルちゃんという名前だけあって甲羅はツヤツヤで、脱皮殻同様触り心地が良さそうだ。
ただしカラッパだけに、ヤバッ!と思ったらすぐさま砂に潜ってしまう。
でっかいから潜る動作は緩慢かと思いきや、でっかいだけにひと掘りの威力がスゴイのか、あっという間に潜ってしまう。
潜ってしまうと、ほとんど眼だけしか見えなくなる…。
ところで、マルソデカラッパのマルちゃんは甲羅の背中部分が丸くツヤツヤしているという特徴は共通していても、色味や模様についてはけっこうバリエーションがあるらしく、翌年だんなが出会ったマルちゃんは白っぽい。
手足をたたんだ際、甲羅の形にフィットするのがカラッパたちの特徴だ。
写真の子は5cmほどだったそうだけど、私が本体と出会うまでどれほど時間がかかったかということなど毛ほども知らず、何の気なしに撮っていただんなは、もちろん何カラッパなのかまったく頓着していなかったのはいうまでもない。
それにしても日中なかなか姿を現してくれないはずのマルちゃん、なんでこのときは砂上にいたのだろう?
その答えは、何の気なさすぎて露出オーバー過ぎる1枚目の写真にあった。
トゲトゲがたくさん生えている2枚貝を食べていたらしい。
日中でも水深25mくらいなら、ほどよく暗くて活動可能照度なのだろうか。
お食事中だったマルちゃんは、あらかた食べ終わったからなのか、それとも食事している場合ではない危機を感じ取ったのか、貝などそっちのけで砂中に潜り込んでいくのだった。
根からけっこう離れたところで砂中に没していたら…
そりゃなかなか見つけられないわけだ。