甲幅 15mm
1998年といえば、世界的なサンゴの大規模白化が起こってしまった年で、水納島のように小さな島で均一な環境にサンゴたちは、一部の種類を除きことごとく白化によって壊滅してしまった。
骨格が無いサンゴといってもいいイソギンチャクもまた同様で、浅いところで暮らしていた各種イソギンチャクたちも、同年の白化によってほぼ壊滅している。
このカニダマシが暮らしていたイソギンチャクは、白化の影響で今にも死にそうなほどに弱っていた。
当時はクマノミが暮らしていないイソギンチャクでカニダマシ系を観るのは初めてのことだったので興味深く眺めてみると、白化でイソギンチャクは弱っていても、カニダマシたちは元気一杯で食事をしてもいた。
コホシカニダマシ(当時)……かな?
でも微妙にイメージが異なるような気もする。
気になったので初遭遇後それほど間をおかず再訪したところ、残念なことにこのカニダマシ夫婦は、早くもイソギンチャクもろともいなくなっていた。
それにしてもこのカニダマシ、撮った写真を後日(当時は撮影してからフィルムが現像されてくるまで、ひと月以上かかっていた)確認してみたところ、体の色模様はコホシカニダマシ(当時)とほぼ一緒ながら、甲羅がデコボコしているところがコホシとは違っている。
ところが99年に出版された「海洋生物ガイドブック」(東海大学出版会刊)では、このデコボコカニダマシの写真を掲載しつつ、ずばり「コホシカニダマシ」という名が記載されていた。
盆百のシロウトである私は、それを見て「そうかぁ、これもコホシカニダマシなのか…」と素直に納得してしまったのはいうまでもない。
その後琉球大学理学部の大学院(当時)で日夜エビ・カニの研究にいそしんでいた後輩のドクターF氏から、当サイトにてアップしていたこのカニダマシについて、これはコホシカニダマシあらためアカホシカニダマシとは別種である、との指摘をいただいた。
そして2001年には、ドクターF氏によってこのカニダマシは Neopetrolisthes spinatus と命名された。
やがて時は流れドクターF氏がF教授になっていた2016年に、やはりご本人のシゴトでようやくこのカニダマシにも和名がついた。
その名もムシャカニダマシ。
他の近似種に比べエサをムシャムシャ食べるから…ではなく、やたらとゴツゴツした武骨な甲羅が甲冑を着用した「武者」を想像させる…ということが名の由来だそうだ。
あいにく私がこのムシャカニダマシと出会ったのは、これまでのところ前述の98年のものが最初で最後の一期一会状態だから、手元にはここで紹介している3枚のフィルム写真しか残っていない。
白化などなくイソギンチャクが元気であれば、リーフ際の浅いところにいたこのムシャカニダマシを繰り返し観ることができたろうになぁ…。
もっとも、白化で弱ってしまってイソギンチャクが縮んでいたから発見することができたのかもしれないけれど。
それはそうと、私が唯一出会ったことがあるムシャカニダマシが暮らしていたこのイソギンチャク、種類は何なのだろう?
当時は白化で弱ってしまったシライトイソギンチャクだと思い込んでいたけれど、ひょっとして異なる種類のイソギンチャクなんだろうか。
そのあたりはさすが研究者、このカニダマシの新称を報告している論文内にて、F博士はムシャカニダマシが暮らしているイソギンチャクにまで言及してくれていた。
それによると、 Heteractis malu と、 Heteractis crispa というイソギンチャクに共生している、とある。
…って、学名だけじゃわかんないよ!
調べてみたら、 H. crispa はシライトイソギンチャク、 H. malu はチクビイソギンチャクのことだった。
両者は現在別種とされているけれど、我々はどちらも同じシライトイソギンチャクである、と頑なに信じ続けているもので、となると私が出会ったムシャカニダマシがいたのは、やはり弱ったシライトイソギンチャクだったらしい。
すなわちムャカニダマシは、元気に暮らしているシライトイソギンチャクの触手の合間に潜んでいるために、普段は姿を見ることができない、ということなのだろうか。
世紀を越えた再会を果たすためには、まずはシライトイソギンチャクの触手の合間を凝視することから始めなければならないようだ…。
※さっそく追記
世紀を越えた再会は果たせないままながら、この稿で紹介しているムシャカニダマシは、私のファーストコンタクトではないことが判明してしまった。
過去に撮ったポジフィルムの海をだんなが潜って(?)発見したもので、おそらくムシャカニダマシと思われるカニダマシとの最初の出会いは、どうやらうれし恥ずかし新婚旅行で訪れたモルディブでのことだったようだ。
モルディブ・バンドス島にて@1993年
また、沖縄での初遭遇も水納島ではなく本島でのことだった。
真栄田岬にて@1994年
↑これなどカニダマシ本体は相当苔むしていて、どう見てもアカホシカニダマシにもコホシカニダマシ(当時)にも見えないというのに、私はいったい何だと思って撮ったのだろう?
撮ったことすら覚えていないのだから、今となってはまったく探りようもないけれど、残された写真を見るかぎりでは、モルディブでも真栄田岬でも、ムシャカニダマシが暮らしているのはどう見てもシライトイソギンチャクでもチクビイソギンチャクでもないように見える。
ひょっとして水納島で出会ったムシャカニダマシが暮らしていたイソギンチャクも、これと同じ種類のイソギンチャクだったとか?