甲幅 5mm
学生時代、所属していた研究室で学業に励んでいたところ、同級生が興奮しながら1匹のカニを私に見せに来たことがあった。
教室にカニを持ってくるだなんて小学生じゃないんだから…と言われそうだけど、なにしろ生物学科(現在は名称が変わっている)は「かつてそーゆー子どもだったヒト」がいるところなのだ。
それはさておき、カニを持ってきてくれた彼はウニの研究をしているはず。なのに何故カニ?
…と思ったら、そのカニを見て納得。
ウニを住処にしているカニだったからだ。
そしてそれが、私のナデガタムラサキゴカクガニとの初遭遇でもある(当時この和名は無かったけれど)。
実物を海で観たことはなかったものの図鑑等で存在は知っていたので、「よく見つけたねー」と彼を賞賛しつつ既知のカニであることを説明すると、途端に彼はシュンとしてしまった。
いわく
「ウニの肛門にいるカニなんて絶対新種だと思った…」
そう、このカニは好んでウニの肛門に住んでいる、という変なヤツなのである。
ウニのウンコを食べているというわけではなさそうなので、おそらく住居の安全性を重視したものだろう。
それにしても、肥溜めに飛び込んで難を逃れろといわれたら、伊賀忍者でさえ潔く死を選ぶかどうかの瀬戸際になりそうなところ、動物たちの生への執念は人間など遠くおよばない。
ウニの肛門にいるというだけでも興味深く、そのうえ紫色となれば、是非海中で実際に観てみたいところ。
その後サーチを繰り返しているうちに、やがてガンガゼの仲間(主にガンガゼモドキ)に注目すると割合高確率で見つけられることがわかった。
ガンガゼモドキの中央付近を見ると、↑こんな感じで顔を出していることが多い。
たいていウニの肛門からチョロッと顔を出す程度ながら、たまに全身を露わにしてくれているときがある(冒頭の写真)。
その他ナガウニにもいるらしいのだけどその組み合わせは観たことがないかわりに、意外にもパイプウニで見つけたこともあった。
パイプウニならウニの棘に突き刺さる心配なく接近可能だったので、思いのほかシュッとしている正面顔を拝ませてもらった。
また、私が覗き込んでいるのがイヤだったからか、まるでパイプウニの体をナマコマルガザミのように両のハサミでしっかり掴んでホールドしていた。
それにしても、ガンガゼ類であれパイプウニであれ、その肛門はせいぜい1匹の居住スペースしかなさそうなのに、彼らはどうやってパートナーと出会っているのだろう?
…と思ったら、こういう写真をコンデジで撮っていた。
ん?これはペアでいるところ??
でも(おそらく)ヒカリイシモチがこれほど接近していて微動だにしていなさそう、というのも不自然に見える(左側)。
ひょっとして、肛門に鎮座している子(右側)が脱ぎ捨てた脱皮殻とか?
なにしろ17年前(2005年)に撮ったものなので、脱皮殻だったのかペアだったのか、まったく記憶にない…
当時はまだリーフエッジ付近でたくさんガンガゼモドキが観られたから、ナデガタムラサキゴカクガニにはけっこう頻度高く会えていたのだけれど、その後すっかり減ってしまった。
そのために随分久しぶりとなった再会は、予想外のシチュエーションだった。
パイプウニの残骸が散らばっている傍らに、ナデガタムラサキゴカクガニが剥き身(?)で砂底にいたのだ。
しかも2匹も(体表の藻の付き方が違う)。
藻がたくさんついて緑色になっているほうのお腹を観てみると…
撮っている時にはまったく気がついていなかったから甚だ不鮮明ながら、どうやら卵を抱えているっぽい。
ってことは、この2匹はペアってことか。
パイプウニで仲良くつつがなく暮らしていたところ、突如パイプウニが何者かに襲われてしまい、突然住処を奪われてしまった悲劇の夫婦…
…といったところなのかもしれない。
どうやらナデガタムラサキゴカクガニは、1匹のウニにペアで暮らしているらしい。
夜になるとウニの肛門から出てきてパートナーを探しているんだろうか?
正体は詳らかになってはいても、生態は今なおさほど知られていない気がするナデガタムラサキゴカクガニ。
学生当時からそのあたりを研究していれば、今頃このテのカニの生態に関するオーソリティになっていたかもしれないのに、発見したカニが新種じゃなかったことのショックが大きすぎたためか、件の彼はその後このカニには目もくれず卒業してしまったのだった。
※さっそく追記
この稿をアップしてすぐ、ビーチで潜っていたところ、アオスジガンガゼにナデガタムラサキゴカクガニと思われるカニの姿を見かけた。
リーフの外では激減してしまったガンガゼ類ながら、桟橋周辺では今なお観られるのだ。
近年もビーチで潜る際にはガンガゼ類をチェックしてはいたけれど、ホントにナデガタムラサキゴカクガニであれば、実に8年ぶりに撮ったことになる。
で、これまた撮影時にはまったく気づかなかったことながら、後刻写真を見てみると、この子もまた卵を抱えていた。
本来合わすべきところにピントが合っていなかったおかげで、8年前に撮ったものよりはよほど卵らしく写っていた。
でもこのアオスジガンガゼのどこを見渡してもパートナーの姿は無く、アオスジガンガゼはここに数匹集まっていたものの、それぞれの肛門部にカニの姿は見えなかった。
見えないからというだけでいないとは言いきれないけれど、実はママのさらに奥にパパがいるってことでもないかぎり、繁殖時だからといって同じウニにペアで暮らしているというわけではないらしい。
となると、崩壊パイプウニ近くにいた2匹は、いったいどういうことだったのだろう?