甲幅 15mm
他の稿でもチョコチョコ触れているように、学生時代の私の卒論のテーマは、サンゴとそこに住むエビカニの相関関係だった。
先達の研究成果やそれに基づいたもっともらしい話もそれなりにあったものの、生態学的な研究はまだ黎明期といってもよい時代の話で、私が卒論に取り掛かった際は、
「ハナヤサイサンゴ類にはサンゴガニの仲間」
「ミドリイシ類にはヒメサンゴガニの仲間」
と、おおまかながらもこのような関係が成り立っているという研究結果が前提になっていた。
しかしである。
無事卒業し、その後エビカニをテーマに写真を撮り始めると、
「ミドリイシの仲間にもサンゴガニが住んでいるぢゃないか!!」
衝撃的事実に気がついたのだった。
もちろん前提とした研究報告でも、ミドリイシとハナヤサイサンゴが隣り合っている場合など、例外的に両者の間を行き来しているのであろうサンゴガニの存在も報じられてはいた。
けれどその後も観察を続けるかぎりでは、どう見てもハナヤサイサンゴで暮らしているとしか思えないサンゴガニが、ミドリイシの枝間の随所で見られるのである。
冒頭の写真はまさにその動かぬ証拠。
いったい私の卒論はなんだったんだ……
…というほど元も子もなく砕け散るわけではなく、私は私でハナヤサイサンゴ類に生息する甲殻類、という意味ではそれなりに(少なくとも当時は)意味のあるものになりはしたけれど。
そんな卒論生の頃にお世話になった指導教官の、退官(退職)記念最終講義を拝聴しに琉球大学まで行った時(2014年3月)のこと。
生物生態学がご専門の先生だから、サンゴ礁は言うに及ばず話は多岐に渡るのが当たり前のところ、講義開始前の教室内で準備されていたパワーポイントのタイトル画像はサンゴガニだった。
どこかで見たことがある写真だなぁ…とウスラボンヤリ見ている間にハタと気がついた。
私が撮った写真だ!
なんと最終講義開始に当たってのタイトル画像が、この稿の冒頭の写真だったのだ。
しかも講義冒頭、その写真のことに触れた先生は、撮影者であり教え子でもある私のことまで紹介してくださったのだった。
人生でも稀に見る恐悦至極シーンである。
実は卒業後しばらく経った頃、先生の著作物に使用する写真借用のオファーを先生ご自身からいただいたことがあり、そのうちのひとつがこのサンゴガニの写真だった。
大恩ある先生からのご依頼となれば、もちろんのこといつでもどこでもお好きなようにご使用ください…とお貸ししたのはいうまでもない。
それから15年近く経って、なんの変哲もない写真的には相当なハレの舞台で、サンゴガニはまさかの活躍の場を与えられたのである。
その後また別の著作物でもこのサンゴガニの写真が掲載され、巻末にはご丁寧にも撮影者の1人として謝辞まで頂戴していた(「サンゴしょうのおとぎ話~なかよし家族の観察ノート~」土屋誠:著 東洋企画:刊)
人と人の縁があり、その縁で活きる場が生まれれば、1枚の写真としても本望というもの。
このように撮った本人にとってとても思い入れの深いこの写真を、ひとことの断りもなく無断使用しているサイトをだんなが発見した。
掲載写真にクレジットすら入れていない当方があまりにもノーガード過ぎるってことなのだろうけど、ネット社会というのは道徳心が欠如しているヒトにとっては天国のようなものなのだろう。
さてさてそんなサンゴガニ、冒頭で述べたように昔はサンゴガニといえばハナヤサイサンゴにいるものというのがアカデミズムの分野では定番だったのに、少なくともデジイチを使用するようになってからこっち、サンゴガニといえば…
これも…
これも…
これも…
…み~んなミドリイシ類に暮らしているものばかり。
ハナヤサイ系にいたサンゴガニの写真は、これ1枚しか無かった。
撮っている写真はミドリイシの枝間ばかりというこの流れからすると、サンゴガニはむしろミドリイシ類に多い、と解釈してしまいそうなんですけど、私…。
< 枝間が狭いハナヤサイ類に比べて、ミドリイシのほうが撮りやすかっただけなんじゃ?
いずれにしても私が卒論にとりかかっていた頃に比べれば、サンゴガニ類をはじめ、既知となった甲殻類の種数は相当増え、なおかつサンゴの分類もいっそう細分化されているから、当時の結論なんてものは現在ではほとんど参考にならないに違いない。
帝国化したエビカニ変態社会とアカデミック変態社会がタッグを組んで、さらに未知の世界が切り開かれていくことだろう。
※追記(2022年5月)
当コーナーでサンゴガニグループのリニューアルに差し掛かってから、潜っているときにはいつもサンゴガニゲームにハマっていたところ、困ったことに…というか当然ながらというか、ハナヤサイサンゴに暮らしているサンゴガニに出会ってしまった。
やはりミドリイシ類の枝間に比べ、撮りづらいからこれまで撮っていなかっただけなんだろうか。
枝間からしっかり世間を見ているサンゴガニは、ワタシの接近を察知すると、両のハサミ脚を大きく広げ、しきりに「かかってこいや!」のポーズを見せていた。
陰に隠れているようでいて、ちゃんと外を観ているサンゴガニたち。
サンゴガニがハサミを両サイドに広げてくれるおかげで…
卵が見えた♪
個人的に貴重だったサンゴガニ@ハナヤサイサンゴ、水納島でもどうやらフツーの組み合わせっぽいことがわかった2022年の春でした。