甲幅 15mm
限られた種数しか掲載されていない図鑑だけが頼みの綱だった昔と比べると、ネット上でいくらでも画像を見て調べられる今の世の中は、生き物の名前を調べるうえでもとっても便利になっている、という話は随所で触れている。
ただしそれにはいささかややこしい弱点もあって、「このカニ」と断定した誰かがそれをネット上でさも既定ジジツであるかのように言及すると、それを参考にした方もやはり「このカニ」と信じ、やがてそれが広がるにつれ、末端ユーザーにとって普遍的な真実と化す。
このセレンサンゴガニ(と私が思っているカニ)は、20世紀最後の年に刊行された名著「海の甲殻類」(初版第1刷)では、カバイロサンゴガニという別の種類として紹介されている。
ホントにカバイロサンゴガニなのかもしれないけれど、私のようなシロウト目には、今見るかぎりではどう見たってセレンサンゴガニに見える。
名著「海の甲殻類」はエビカニ変態社会待望の…というか、この図鑑がきっかけで変態社会が形成されたといっても過言ではない図鑑で、そこで「カバイロサンゴガニ」と紹介されていれば、ネット社会のこんにち、それが変態社会に普遍的に浸透するのは当然のこと。
なので冒頭の写真の下に「セレンサンゴガニ」なんて記していると、マチガイと思われる方が多いかもしれない。
でも近年のアカデミック変態社会の知見を参照させていただくと、冒頭の写真のカニはセレンサンゴガニなのだ。
またセレンなどとたよやかかつかよわげな名前、これは種小名の serenei をそのまま和名にしたものだかららしい。
セレンさんだかシレーンさんだかへの献名なのだろう。
しかしこの白っぽい体に紫色のラインという色どりは、セレンというよりはハマーンといった感じ…。
…と、まったく普遍的ではない例を挙げても仕方がないけど、どうやら暮らしているサンゴ群体の色味に応じて体色の濃淡が変わるらしく、もっと濃いハナヤサイサンゴにいたものは↓こういう色だった。
これまで出会った回数がかなり限られているところをみると、枝間が狭いハナヤサイサンゴ系が好みなのだろう。
枝間の狭いサンゴにいるとなると見つけづらいし、たとえいたとしても観づらい撮りづらい。
せっかくのハマーンカラーも、フィールドでは観察向きではないようだ。
出会った回数は少ないかわりに、↓こういうものはちょくちょく見ている気がする。
リーフエッジ下の海底に落ちていた脱皮殻。
おそらく脱ぎたてホヤホヤだろう。
脱皮殻をちょくちょく見かけるということはそれなりの数がいるってことなのだろう。
サンゴの狭い枝間ではまず不可能なセレンサンゴガニの全身拝見、脱皮殻が狙い目かも?
しかし脱皮殻では絶対に観ることができない部分がある。
それは……眼。
脱皮殻の眼の部分は透明の殻があるのみなのに対し、中身入り(?)のセレンサンゴガニの眼は…
画竜点睛を欠いておらず、小さな黒点があるのだ。
なんだかカマキリの眼のようにも見えるこの小さな黒点、他のサンゴガニの仲間にもあるのだろうけれど、サンゴガニの仲間は目全体が黒っぽいものが多いので、この「点睛」がハッキリ見える種類はなにげに限られていたりする。
アカデミック変態社会には欠かせない標本では、この眼はどうなっているのだろう?