甲長 10mm
白い砂底が広がるダイビングポイントがもっぱらの水納島にも、地形を楽しめるポイントが何カ所かある。
ダイナミックな自然の地形を楽しみつつ、浮遊感を味わいながら泳ぎ回るのもまた、ダイビングの楽しみのひとつでもある。
とはいえ100mmクラスのマクロレンズという、陸上ではほぼキワモノ系といっていいレンズを装着したカメラを持っていると、そういうところで潜っていても、目はやはり小さな生き物サーチ態勢になり、おのずと一か所でじっくり…ということになる。
ある時ふと思い立ち、そんな地形ポイントにあるトンネルの入り口付近で、小さなヤドカリさんたちをサーチしてみることにした。
トンネルや洞穴のように昼なお暗い場所では、明るい光を嫌うタイプの種類が姿を現していることがあるのだ。
案の定、トンネルの壁面には、小さいヤドカリがたくさん蠢いていた。
さっそく1個体ずつチェック…
と思ったら、いきなり1個体目から初遭遇のヤドカリさんだった。
薄暗いトンネルの中なので、肉眼ではあまりきれいに見えないけれど、初遭遇だけに興奮モードで写真を撮ってみると、第2触覚にまで赤く色づくオシャレなカラーリング。
ある程度撮れたので落ち着いて周りを見渡してみると、他にもかなりたくさん(10匹ほど)同じヤドカリたちがいた。
初遭遇とはいっても、どうやら私がそれまでその存在に気づいていなかっただけで、特に珍しいわけではないらしい。
ところが当時(個人的に)最新だった「エビカニガイドブック久米島編」では「ヤドカリ科の一種」としか出ておらず、図鑑刊行当時に新設(?)されていた「属」に属しているのであろう…ということがかろうじてわかる程度の未記載種として紹介されていた。
一ヵ所にこんなにたくさんいるのに、学名すらない未知のヤドカリ。
まさか水納島のこのトンネルだけ特別にこのヤドカリさんが多いってことではないだろうから、世間のみなさんも私同様それまで全然気づいていなかったってことなのだろう。
初遭遇の2年後に図鑑「ヤドカリ」が刊行され、さっそくパラパラめくってみたところ、しっかり和名付きで掲載されていた。
その名もシダラミギキキヨコバサミ。
ヤドカリさんに右利き左利きもなにも…と思わずツッコミたくなるところながら、ミギキキヨコバサミ属というグループに属す彼らはみな右利きなのである…
…というわけではなく、「ヤドカリ科」に属すヤドカリさんたちで左右のハサミの大きさに違いがある場合、他のみなさんは左側のハサミが大きくなるのに対し、この仲間たちは例外的に右側のハサミが大きくなる、という特徴があることからこの名があるらしい(「ホンヤドカリ科」では逆に右側が大きくなるのがフツー)。
ちなみにシダラというのは献名で付けられたらしき種小名 sidarai に由来しているだけで、日本語的に意味があるわけではないようだから気にしなくていいみたい。
さて「ヤドカリ科の一種」あらためシダラミギキキヨコバサミ、夜行性ゆえに日中は暗がりに潜んでいるということがわかってしまえば、一カ所に10匹ほどもいたくらいだもの、その後はけっこうコンスタントに会えている。
出会ったシダラ君たちの写真をつらつら見てみると、熟年オトナは左右のハサミ脚のサイズの違いが顕著になって、色も濃くなってくる。
一方若い頃では、左右のハサミ脚にサイズの差がほとんどない。
また、もっと若いからなのか全体的に明るく、ハサミ脚の色が白っぽいものも見られる。
そうかと思えば、ヤングアダルトだからなのか、ハサミ脚がピンク色っぽいものもいた。
このようなハサミの色の違いが成長段階の違いに基づくものなのかどうかはわからないけれど、見比べられるほどにいつの間にかけっこうたくさん写真を撮っている…
…ってことはシダラミギキキヨコバサミ、新種記載は今世紀まで待たねばならなかったとはいえ、やはり個体数は多いヤドカリさんであることは間違いないようだ。