(Harpiliopsis spinigera)
体長 15mm
20世紀最後の年(2000年)に、変態社会の住人の誰もが待ち望んでいた図鑑が出版された。
ミネミズ氏のエビ・カニ図鑑「海の甲殻類」だ(監修:武田正倫・奥野淳兒)。
待っていた甲斐あって、生態写真をふんだんに使っている図鑑は見ているだけで楽しい。
海中で実際に見たものから判断できるような配慮がなされている説明も、とってもわかりやすい。
そして、刊行までさんざん待たされただけあって、エビ・カニ最新情報満載で、これまで同種とされていたものが正式に別種にされているものをチェックしては、やっぱりね…となぜか勝ち誇る私であった。
しかし、しかし、である。
「今後の研究に期待したい」
という記述の多いこと、多いこと。
実のところはどうなのだ、と知りたかったヤツにかぎって不完全燃焼。
また、これまでしばしば海で目にしているにもかかわらず図鑑には全然載っていないいくつかのエビ・カニたち、それらの正体をこれでようやく知ることができるゾ!と期待したのに、
ええ!?このエビまだ載ってないじゃーん……
というのも多かった。
そのひとつがこのエビだ。
ヘラジカハナヤサイサンゴでオオアカホシサンゴガニやカサイダルマハゼを見ていると、その近くでチラチラと目に入るから、ことさらエビが好きではないという方でも、1度や2度はご覧になったことがあるはず。
これまで観てきたところではどうやらハナヤサイサンゴの仲間を好んで暮らしているようで、見かける頻度も随分高い。
つまり、件の図鑑の著者であるミネミズ氏も見ているはずなのである。
その存在を知っているはずなのである。
それなのに載っていない……。
ようするに、まだ誰もこのエビを真面目に研究していない、ということなのだろうか。
件の図鑑を監修されている2人の研究者はエビ・カニの大家でいらっしゃるから、研究のケの字もなされていないものを取り上げるのは、研究者として許せない、ということかもしれない。
たしかに、名前を知りたいと思ってひもとく図鑑に、名前はおろか住処も生態も何もわからない、いわゆる「住所不定無職」状態で載っていたらガックリくるかもしれない。
けれど、世の中にはこういうエビやカニがいるということを知るだけでも、充分に図鑑の価値があると思うのだけどなぁ。
これこそまさに、今後の研究に期待したい。
………と思っていたところ、2003年に敢行された「エビカニガイドブック・久米島編」にこのエビが載っていた。
「今後の研究」はしっかり進めてくれたらしく、Harpiliopsis spinigera という学名もついていた。
その図鑑にいわく…
このたび日本で初めて発見された
…らしい。
ずっと前から観てたって!
そう思ったエビカニ好きダイバーは多いことだろう。
図鑑的には、標本を採集しないと「発見」にはならないのである。
ちなみに、横から観るとその体は細長くスマートそうに見えるけれど、このエビはモシオエビの仲間だから、上から見ると…
…しっかりモシオエビフォルム。