甲長 15cm
亜熱帯の沖縄には本土では目にすることができない多種多様な生き物たちがわんさかいるけれど、あまり生き物たちに興味がない方々はそのほとんどの名前をご存じないといってもいい。
けれどどんなに生き物に興味が無い方でも、ハブ、ヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコといった有名どころは見聞きする機会があるはず。
かといって実際に目にしたことがあるかというと、意外に…というかやはりというか、興味がある方々でさえ、実物を見たことがあるという人は少ない。
ヤシガニもまた「有名」ではあるけれど、公設市場で売られているものではなく、フィールドで実物をご覧になったことがある方は極めて少ないと思われる。
昔から地域によっては重要な水産(?)資源になってきたヤシガニながら、開発による生息環境の消失や乱獲によって、現在は絶滅が危惧されている動物でもある。
オトナになるともっぱら陸で暮らしていても、繁殖には海が必要で、幼少期には波しぶきがかかるような海岸で暮らしているというヤシガニだから、そういった環境を次々に埋め立てられてしまっては、暮らしていけなくなるのも無理はない。
その点水納島はたっぷり自然海岸が残されており、陸上も彼らが生きていくうえで必要十分な環境を維持しているらしく、小さな島にしては意外なほどの数のヤシガニが生息している。
見かけるものは大小様々で、脚を広げれば端から端まで50cm以上あるものもザラにいる。その威風堂々たる姿態は一見の価値ありだ。
もっとも、そもそも夜行性なので、人が普通に歩くような所で昼間からゴソゴソウロウロしているはずはなく、彼らと出会うのはもっぱら夜間になる…
…と思っていたら、カメさんたちのエサ採りをしていただんなは、朝早い時間に道を歩いているヤシガニに出会っていた。
日中にウロウロしているなんてかなりのレアケースだけど、夜間ならフツーに道を歩いているだけで、そこらをウロウロしている姿を見ることができる。
それどころか、家の敷地内に入っていることもある。
しょっちゅうではないにしろ、島で暮らしているとわりと出会う機会が多いヤシガニだから、会うためだけにわざわざ夜間にサーチまでしようという気にもならない。
けれどゲストの中にはヤシガニ発見に燃える方もいらっしゃって、島にご滞在時は毎夜ヤシガニサーチに繰り出される。
ときにはでっかいサイズを見つけてきては、宿の方をはじめとする島のみなさんから
「フ……小さいね。」
と鼻であしらわれ、逆にミニマムサイズを捕まえてくると…
「〇〇がこの前見つけたヤツのほうが小さかった!」
みなさん負けず嫌いなのである。
ならば純粋な子供たちに…と、その宵の成果をキッズに披露するヤシガニハンター氏であった。
そんなヤシガニハンターさんのおかげで、我々も人生最小級のヤシガニを見ることができた。
小っさッ!
こんなに小さくてもヤシガニは殻を持たないんだけど、もっともっと幼少期には、オカヤドカリと同じように貝殻を背負っている…
…という話は昔から知ってはいたものの、その観察報告は海外でのもので、実は長らく国内での観察例はなかった。
国内における殻付きヤシガニチビターレ「発見」は近年のことで、当コーナーでしばしば登場するF博士の手による。
当時いかに殻付きヤシガニチビターレが貴重だったかということは、彼が生体を提供した美ら海水族館のサイトにて、しばらく大興奮のもとに情報公開されていたことからもうかがいしれよう。
昔から極めつきのヤシガニラバーであるF博士はヤシガニに関する著作も多く、彼のフィールド調査のおかげで、現在ではヤシガニの殻持ちチビターレの居場所も明らかとなっている。
それにしても、姿形がオカヤドカリとそっくりなヤシガニは、殻が無くて大きいからこそヤシガニと認識できるけれど、小さくて殻を背負っているとなると、オカヤドカリとどこがどう違うというのだろう?
そこはそれ、きっと研究者ならではの専門知識が必要なのだろう。
ところが、ある時酒席を共にしていた際、F博士はほくそえんだ。
「フフフ…。簡単に見分けられる方法があるんですよ。」
え?え?え???
どうやって??どうやって見分けるの????
「ヒミツです♪」
うーむ……。
かくなるうえは、泥酔させて口を割ってもらう以外に手はないか…。
ところが!!
「論文をいくつかダウンロードできるようにしておきますから、是非ごらんください」
酒の席の約束を果たす貴重なヒトの一人であるフジタ博士は、約束どおり後日ダウンロード先のアドレスをメールで教えてくれたのだった。
彼が著した合計4冊分(2013年当時)のヤシガニに関する論文・冊子・書籍(の彼が著作権を有しているパート)が、こうしてついに我が手元に。
誰もが知っている…けれど実際のところはほとんどよく知らないヤシガニに関して、こんなにたくさん、それも一般向けに書いてくれている人が他にいるだろうか。
いやあ、いい仕事してますなぁ!
さっそく拝読してみると………
おおっ!?
おおおッ!!!!
なるほど、殻付きヤシガニとオカヤドカリって、そういう見分け方だったのか!
完全に盲点だった。たしかにこれなら現場で即判別可能だ。
その見分け方とは………
ヒミツです♪
あれから9年経った今なら、もっと手軽に気軽に目を通せるようになっているかもしれないので、どうしても知りたい方は、彼の著作物を是非サーチしてみてください。
せっかく居場所も見分け方も知ることができたものの、いまだに殻付きチビターレは観たことがないのは私の不徳の致すところながら、相変わらずオトナには出会えている。
名前のとおりヤシの実のほか、アダンなど植物の実やサトウキビ、それにカタツムリや昆虫なども食べるヤシガニは、水納島では秋に最も遭遇頻度が高くなる。
彼らはピーナツ畑に侵入し、実っているピーナツをモグモグ食べるのだ。
いわば害獣だけにその時期になると駆除されるヤシガニたちは、かっこうの珍味の対象となったりする。
面白いことに、この時期島で獲れるヤシガニのミソを食してみると…
ピーナッツの香りがする!!
ハーブを食べさせて育てた鶏を「ハーブ鶏」として商品にするくらいだから、ジーマミーの産地ならではのヤシガニとして特産にすれば、激売れになるに違いない。
……たちまち絶滅するだろうけど。
そんな商業ベースに乗らないからこそ、こんな小さな島でもヤシガニさんたちを毎年見ることができるのである。