そこかしこに蚊柱(?)が立っているところを見ると、やがて天気は崩れるであろう気配が濃厚だ。が、ともかく今日は天気が良い。
しまった。
暖かくてさほど風もないこんな日は、冬の間の数少ないダイビング日和だというのに。こんなことなら、昨日サザエ獲りのあと船を渡久地に戻すのではなかった。一日早まってしまった。
昼食後もお天気は保ちそうな気配だったので、悔しいからビーチに潜ることにした。そんな適当なダイビングで、予想だにしない出会いが待っていようとは、神ならぬ身の僕の知る由もないことだった。
11時の便で誰一人やってこなかった祝日の昼下がり。冬の太陽に照らされて恥ずかしげにきらめいているビーチに、一人静かにエントリー。
海に顔をつけて早々に、こんなヤツを見つけた。
チドリミドリガイ。ウミウシの仲間だ。
さして珍しいウミウシではないものの、シーズン中に見かけるのは2センチほどの小さなものばかりで、4センチになんなんとするこんなにでかいヤツはこれまで観たことがない。
それに、これまで見かけたヤツはどれこれも体表に砂をまぶしていて、同じく砂にまみれた石の上を這っていることが多いから、まったく目立たないものばかり。
ところが今日観たコイツには、かぶった砂ごしに体の模様が見えていた。思わず………
すみません、手にとってみました……。
チドリミドリガイって、こんなに模様があったんだ………。
それよりもなによりも!!
このテのウミウシには「眼点」なる目がツキモノなんだけど、このチドリミドリガイにもそれらしきものがあった。
おそらくココだ。
眼点ってのはつまり眼なわけで、これが本当に目かどうかはともかく、このウミウシ、確実に見えている。
というのも、正面にまわってカメラを構えると、必ずクイッと身をひねり、けっしてこの両の目が見える姿勢でカメラに向かってくれないのだ。両目を撮るためにいったいこのウミウシの周りを何周したことだろう………。
ウミウシの眼がこれだと意識して眺めてみると、その表情はガラリと変わる。
ついでにその下にある模様(下に伸びている矢印の部分)を勝手に口になぞらえ、さらに触角を両の手に擬して見てみれば、なんだか千と千尋の神隠しに出てくる顔なしにどことなく似たキャラクターに大変身。
せっかく目を見つけて「顔」をイメージしたら「顔なし」になるとは………。
エントリー早々に出会ってしまったチドリミドリガイのせいで、波打ち際から一歩も進むことなく時間を費やしてしまった。
昨年のビッグニュース、ギンガハゼがいはしまいか、をチェックしに行かねば。
なのに、そのあと少し移動したサンゴの根で、こんなものを見つけてしまった。
インドカエルウオの幼魚。
2センチくらいで黒くなってしまう子もいる一方で、写真の子のように3センチくらいになっても黄色いままのモノもいる。
いかんいかん、黄色は黄色でも、今日の目的はギンガハゼだ。
インド君のアクビ姿を撮りたいなぁ……と後ろ髪を引かれつつさらに前進すると、またサンゴの根に。目的と違うとはいえ、やはりそばに根があると近寄ってしまうのがダイバーの人情というもの。
で、特に用はないものの、ルリスズメダイやミスジリュウキュウスズメダイを眺めていると……………………
ん??
んんんん??
ん!?
お――――ッ!?
こ……こ…………この子は!!
クジャクスズメダイではないかッ!!
つ………ついに……………ついに水納島で出会った!!
みなさんはクジャクスズメダイをご存知だろうか。
90年代初頭に和名がつけられたこのスズメダイ、魚類の場合、和名があるってことは日本に生息しているってことだけど、今もなお日本では稀種のままの魚だ。
かつてモルディブでは観たことがあったものの、15年も過ごしてきた水納島では、我々はいまだかつて観たことがなかった。
クジャクスズメダイは海域によってその体色が異なるようで、モルディブで観たものはこんな感じ。
モルディブ・ヴィラメンドゥにて撮影
でも沖縄で見つかっているものは、写真で見るかぎりもっと青色が濃かった。
なのでこれまでは、ソラスズメダイのちょっと色が変わったのを見ては「もしや?」と思い、ナガサキスズメダイのちょっと変わった色の幼魚を見ては「さては?」といろめきたっては、ガックリと肩を落としてきた僕である。
そんな日々に、ついに別れを告げる日が来た。
モルディブの写真と比べるとわかるとおり、サイズ的にもヒレの伸び具合からも、まだこの子は若魚っぽい。この周辺のスズメダイたちの中では、僕的には誰よりも貴重なスズメダイ君だというのに、あろうことかネッタイスズメダイやルリスズメダイにいじめ倒されていた。
彼の前途はいかに………。
でもまさか、ビーチで観られるとはなぁ。
いやあ、ビーチって、水深は浅いけど、奥が深いですねぇ………。
おかげで時の経つのも忘れてしまい、気がついたときには寒さの限界。まだ空気に余裕はあったとはいえ、80分近く潜ってこの先さらにギンガハゼ探索にくりだそうという気は、まったく起こらなかったのだった。 |