「徒然海月日記」から海の話が含まれている日記のみ抜粋したバックナンバーです

2010年 5月13日(木) 晴れのち曇りのち雨

北東の風 ややうねりあり 水温23度

 GWの後半は僕の手があいたので、美味しいお酒や肴をいただいたゲストにお礼をすべく、得物を手に獲物を求めた。

 願わくばアカジンを…と海中をさまよっていると、このところずっと居ついている大きなヤツを発見。
 ……が、案の定、彼は僕の姿に気づくや否や、深場へ深場へと泳ぎ去っていく。
 逃すマジ!!
 とばかりにズンズンズンズン追跡していくと、気がついたら水深40mに。
 間違いなくヤツは、意図的に僕を死の淵まで誘おうとしていた。
 血気に走りすぎて我に返らなかったら危なかった………というか、なんでゲストのためにそこまでしているのだ、と我ながら呆れた。 

 ボウズじゃかっこ悪いので、罪なき3匹のイラブチャーの尊い生命をいただくことにして、その日はお茶を濁せたのだけれど、怪我の功名というかタダでは転ばないというか、アカジン追跡から我にかえって浅場に戻るときに経由した深場の根が、けっこうにぎやかなことを発見した。
 これまで1、2度しか訪れたことがない根だ。

 このところ禁断の根と禁断の根2がどちらもパッとせず、ついに水納島の砂地の根は深いところでも魚影減少の憂き目に遭い始めているのか……とやや哀しんでいたところだったので、久しぶりの朗報。

 でもこのときは、アカジン追跡から我に返った帰路だったから、あまりちゃんとチェックはしていなかったので、GW後初のダイビングに臨んだこの日、その根を再訪してみることにした。

 今回じっくり観てみると、ハナダイ類の魚影が濃いのはもちろん、アオスジテンジクダイがたくさんいて、スミツキアトヒキテンジクダイは群れを成していて、しかもしかも、アオハナテンジクダイまでたくさんいるではないか。

 紹介したものがどれもこれもテンジクダイ類ばかりで、マニアックすぎるきらいがあるとはいえ、最近の水納島の砂地ポイントの30m以浅ではもうけっして観られない景観。
 やれうれしや……とばかりにパチパチ写真を撮っていた。

 その時!!

 目の端に、見慣れぬ1匹の魚が。
 すぐさま目の焦点を移すと、それはこの魚だった。

 なんとなんと、ベニハナダイ!!(のメス)
 水納島に限らず、生息水深が深いだけあってけっこうレアな魚で、特にハナダイがお好きでもなければ、ご覧になる機会はそれほどない。
 とにかく稀少種なのである。
 砂地の根ともなればなおさらだ。

 こうして写真で観るだけだとパッとしないけど、多数群れ集うケラマハナダイやカシワハナダイたちのなかにたった一匹混じっているその姿は、海中で観るとひと目で異質の存在であることがわかるほど浮き立っていた。

 ちなみに、これを書いている今はベニハナダイのメスであることが明らかながら、オスだったらともかく、そのメスだけを海中で見てすぐさまベニハナダイとわかるほど、僕は海中でベニハナダイに会ってはいない。過去に2、3度、伊江島の北側のポイントの深いところで出くわしたことがあるくらいだ。 

 なので見つけたときは、さすがにすぐさまベニハナダイとはわからなかったものの、前述のとおり完全に他のハナダイたちから浮いていたから、これは珍しいハナダイであるという確信を抱きつつ激写。
 久しぶりに体内にアドレナリンが湧き出る出会いだ。

 浮き立っている魚を目にして思わず浮き足立ちながらも、成長してオスになった美しい色彩を観てみたいなぁ……などと将来の姿にワクワクしていた(ハナダイ類はメスからオスに性転換する)。
 そしてさらにお近づきになるべく、ファインダー越しに眺めながらさらなる接近を試みた。

 すると………

 なにやらシュッと音がするほどの速さで、ファインダーの中を影がよぎった。
 そして。
 …ベニハナダイちゃんは消えた。

 あれ?

 ファインダーから目を離し、肉眼で眺めてみると、なんと……なんとすぐそばで………

 ……ヘラヤガラがモグモグしているではないか。
 まさか………まさか!?

 僕:「ひょ……ひょっとして君………」

 ヘラヤガラ:「モグモグモグ…?」

 僕:「……食っちゃった??」

 ヘラヤガラ:「モグモグモグ…♪」

 な………なにぃ〜〜〜〜ッ!?

 ヘラヤガラに食べられてしまった!!


下手人

 「勝手にシロクマ」のシロの彼女・モモンガのチョシちゃんが、シロのお母さんに食べられたことを知ったシーン以来の衝撃!!<ご存知??

 誤解のないように言っておくけど、けっして撮影のために追い掛け回し、ベニハナダイちゃんだけを孤立させてしまったわけではない。
 それどころか、周りに群れているハナダイたちよりよほどベニちゃんは僕に近かったわけで、ヘラヤガラがわざわざダイバーに近づくというリスクを冒してまでベニちゃんを狙うってのはどういうわけだ。

 あ!!

 そういえばその昔、野生の王国でもワクワク動物ランドでも言っていたっけ。弱肉強食の世界には、怪我したものや体が弱ったものが真っ先に狙われるという厳しい掟があるって…。
 同じトムソンガゼルの群れでも、弱った個体はひと目で猛獣たちに気づかれるのだという。

 このベニハナダイちゃんはけっして弱っていたわけではない。
 しかし。
 一緒に潜っていたうちの奥さんでさえ、僕が指差す先を観てすぐさま「珍!」と気づいたほどだから、よっぽど周囲から浮いていたのである。
 超馬面マヌケ顔とはいえ、れっきとしたハンターであるヘラヤガラから観れば、それは他に比べて際立って弱っている魚に見えたのではなかろうか………。

 稀種というのはえてして個体数が少なく、たまたま偶然そこにいるものというのはたいてい1、2匹しかいないことが多い。
 僕はこの日このとき、なぜそれらの稀な魚たちがあくまでも稀であり続けるのかという理由を、ファインダー越しに瞬時に悟ったのだった。

 とはいえ。
 僕が彼女を撮ろうとしていなければ、ヘラヤガラに気づかれなかったかもしれない。それを思うと…

 僕は……僕は………取り返しのつかないことをしてしまった。僕はベニちゃんを殺してしまった……!!
 (〜♪そして時がすこやかに  あたためる愛…………)

 不可抗力とはいえ、自らの手でララァを殺めてしまったアムロの気持ちが、今になってようやくわかった。

 ああベニハナダイちゃん。
 一期一会と片付けるには、あまりに儚い出会いと別れ………。

 合掌。