「徒然海月日記」から海の話が含まれている日記のみ抜粋したバックナンバーです

番外編
台風その後日記

2011年 10月3日(月) ぐずついた天気

北東の風 かなり荒れ 

 本日の連絡船も、午後イチに島から出て、最終便で帰ってくる1往復のみ。
 そりゃ北日本では初雪が観測されているくらいだもの、冬のような時化になるのも当然か………。

 でも南国はそれなりに夏の気配をまだ少し残しているため、いきなり冷たい空気が大陸からやってくると、モクモクモクモクと雲が湧き上がってしまう。
 おかげで八重山地方は台風でもないのに大雨洪水警報が出る始末だし、水納島も3日の未明から大雨になっている。

 ホントにもう、メリハリが強すぎる。
 こんな天気ばかりじゃニュース番組はネタに困らないだろうけど、それもいつしか当たり前になって、まるで最近の「震度5」なみに、誰も驚かなくなるに違いない。

 ……ところで、紀伊半島のせき止め湖って、その後どうなったんですか??

 天気の異常さについてはこの稿でもたびたび触れている。
 昨年から設けるようになったダイビングネタのバックナンバーを見てみると、天気について触れた内容には我ながら先見の明があったとしか思えない。<なんの役にも立ってませんが?
 それによると、すでに5月の時点で今年のクロワッサンの危機的状況を看破していたのだった。5月でこれなら、夏はどうなるの??と………。

 で、夏にこうなったのはみなさんご存知のとおり。

 幸いにして人的被害も動物たちの被害もなく、吹っ飛んだ何かが他の方々に被害をもたらしたということもなかった。
 とはいえこの屋根。
 いくらなんでもこれをこのままにしておくわけにはいかない。だからといって、重機ひとつない島内、しかもまだまだシーズン真っ只中のこと、すぐさま撤去作業ができるはずはなく、これは一冬かけてコツコツやるしかないなぁ……と覚悟をしていた。

 そして。
 クルクル台風のせいでのどかに休んでいた9月半ば過ぎのこと。
 おっぱいオジイの長男さんのマサシさんが、言いにくそうに我々に尋ねてきた。

 「あの屋根のトタンとか木材とか使うの??」

 たしかにトタンは買ってからまだ2年半しか経っていないし、アピトンの梁も天井の杉板も、まだまだ使用可能な状態ではある。
 が。
 我々にはそれを使う場所も、資材として置いておく場所もない。一冬かけて解体するのはともかくとして、廃材をどうするかということがかなりの悩みのタネだったのだ。

 その廃材を、なんとマサシさんは使ってくれるというのである。
 60過ぎの身でありながら、島の誰よりも働き者の彼は、現在島内で酪農業を始めていて、すでに牡牛を2頭も飼育している。
 ただ、かつて酪農が栄えていた水納島の牛舎は、トクマツさんのスペースを除いてすべて朽ち果てている。

 そこでマサシさんは、昨冬からコツコツと牛小屋の新築に取り掛かっていて、さらに増築する必要があったのだ。

 その牛小屋用の資材に、トタンも木材もうってつけなのである。

 それを聞いた我々は、

 「是非使ってくださいッ!!」

 Deal!!

 そして一週間ほどが過ぎた頃………

 ビックリッ!!

 20m×5mほどの屋根が、メビウスの輪のようにくびれながらV字になっていたのである。トタン釘を抜いていくにも、手順をキチンと考えなければ取り返しがつかなくなってしまう。

 そういうことを考えるだけでも面倒だなぁと思っていたのに、さすがプロ、足場を作ってV字になってしまっている屋根に上っては、コツコツ釘を抜いては板をはずしていく……という気の遠くなるような作業を、マサシさんは毎日毎日。
 てっきりひと月ふた月かけてやるのかと思っていたら、様子を見に行くたびに解体作業はあれよあれよという間に進み、あっという間に屋根は姿を消してしまった。

 すごすぎるッ!!

 おかげで、屋根の下に眠っていたガラス玉やテーブル、サマーベッドなどなどを救出できたし、なんといっても元庭にスペースができたおかげで、家の中の片付け作業が格段にやりやすくなった。

 ああ、この解体の模様を毎日写真に撮っておけばよかった……。

 こうして、かつて我が家の一部を成していた資材の数々は牛小屋に生まれ変わり、新たな人生を歩んでいくのであった。

 それにしても、知識と経験に基づいたこのたしかな技術のすごさときたら。

 こういう能力に比べれば、マネーゲームで金儲けしている人たちの知識経験などクソの役にも立たない。
 この先とんでもない異常気象で苛まれ続けることになるであろう地球において、どちらの能力が求められるようになるかは火を見るよりも明らかなのだった。