海のなんじゃこりゃ?

其之二十九

バオバブ虫

 変態社会系クリーチャーには、わりとフツーに目にする機会はあっても、それをご存知の方に会うことのほうがムツカシイ生き物もいる。

 それも冒頭の写真のモノのように名前すらないとあっては、「知名度」が高いも低いもない。

 名無しだから、勝手にバオバブ虫と呼ぶことにした。

 このバオバブ虫が目につき始めた最初の頃は、それ自体が生き物なのか、生物活動の跡が残っているだけなのかすら定かならなかった。

 枝が入り組んでいるように見える部分の直径はせいぜい1cmほどで、パッと見何か活動しているように見えないし、居場所が決まっているわけでもなく、ちょっとした岩の片隅にポツ、こっちの陰にポツ、たまに2つ並んでポツポツ…といった具合いに観られるので、レア感はまったくない。

 海中で見つけても「ああ、またバオバブ虫ね…」と目の端で眺める程度で、これまでつぶさにじっくりマジマジと観たことなど一度もなかった。

 そのため長い間ワタシは、このバオバブ虫は白いボディなのだとばかり思い込んでいた。

 やがて経年劣化によってクラシカルアイとなり、つぶさに観たくとも眼の能力がおっつかなくなってしまった…(涙)。

 ところが今年(2021年)の年初に、うまくすれば背景を真っ黒にできそうな場所に居るバオバブ虫を見つけたので、せっかくだから撮っておくことにした。

 ワタシのクラシカルアイに比べれば、遥かに高解像度のカメラで撮った画像を見てみたところ…

 この白い色は、実は細かい砂粒が付着しているためらしいことがわかってしまった。

 なんだかアステロイドベルトで防御している不沈宇宙戦艦みたい…。

 では白い砂粒の内側はどうなっているのだろう?付着している砂粒には隙間があって、そこから覗き見える本体は…

 やわらかそうに見える半透明ボディのようだ。

 そしてバオバブの枝のようなところは……

 細い細い透明なものが枝状になっていて、本体からなにやらアヤシゲな触手も伸びている。

 これが5mくらいあるクリーチャーだったらB級ホラー映画間違いなしのところながら、幸いにして1cmそこそこなので身の危険は感じない。

 危険はなさそうにしても、このバオバブ虫、正体はいったい誰?

 変態社会とはまことにそら恐ろしい世界で、こういった質問にリターンエースなみの素早さですかさずご教示してくださる方がいらっしゃった。

 日本屈指の変態社会ダイバーのお1人、ブラック佐藤さんによると、

 これは、正式な学名までは分からなかったのですが、変態社会の識者によると「ガンゼキフサゴカイの1種」としか言えないとのことでした。
 フサゴカイ科だけでも約60属400種くらいに分類されるようです。
 砂粒を粘液で固めて、柔らかい触手を格納・防御している訳です。夜な夜な長い触手が花咲き蠢く様は異様でしょうね(種によって、枝振りに個性があるようです)。
 こんなクリーチャーを撮影する方は、間違いなく「変態」です。

 国内屈指の変態さんに、「変態」認定されてしまった…。

 ともかくもブラック佐藤さんのおかげで、バオバブ虫が所属していると思われるグループは判明した。

 そこから先のことは、このような生き物をアカデミズムの分野において専門的に研究してくださる、勇者の登場を待つしかあるまい。

 We want you! 出でよ勇者!

 勇者の研究成果が発表されましたら、どなたか是非お知らせください…。