其之壱
ダイビングに慣れるまでは、けっして目に留まることはない生き物が数多くいる。
慣れてくると、いろいろな生き物がどんどん目に入ってくるようになる。
そして…
なんじゃこりゃ?
…となる。
このボネリムシもそのひとつ。
直接には日が当たらないようなちょっとした暗がりやオーバーハングの陰あたりで、岩の隙間から先がT字型になった紐が出ている…そんなことに気づく日が来てしまうのだ。
T字型の紐は、ときには2つ並んでいることもある。
一見しただけだとただビヨヨンとしているだけのように見えるけれど、「ムシ」というだけあってれっきとした動物で、ウカツに触れるとあっという間にピューーッと引っ込んでしまう。
ヤバイと思ってから引っ込むくらいなら、最初から出ていなければいいのに、いったいボネリムシはビヨヨ~ンと紐を出して何をしているのだろう?
食事をしているのだ。
T字型になっている部分をよく見てみると…
砂粒がたくさん載っている。
これは巻き上がった砂がたまたま積もっているのではなく、能動的に砂粒を乗せているもの。
さらにじっくり見てみると、この砂粒、ジワリジワリと移動していることがわかる。
ボネリムシは、T字型の部分で砂粒を拾い集め、管状になった部分をベルトコンベアーのようにして岩陰の中にある体部分に運んでいるのだ。
ベルトコンベアー方式でジワジワ運ぶだけではなく、体に充分砂粒が溜まった頃合いで、ピューッと紐を縮めて高速運搬する。
砂粒にまとわりついている有機物が彼らの栄養源で、彼らもナマコたち同様、海の砂をきれいにしてくれている生き物なのである。
もっとも、こうやって姿を確認できるのは全部メスなのだとか。
オスはというと、深海に住むチョウチンアンコウのように、まるで寄生虫かと見まがうほどの、単なる付属物に過ぎない程度のサイズだという。
メスのサイズと比べれば500分の1だそうで、体のどこかにピトッとくっついているとのこと。
我々が普段目にすることができるのは「体」ではなく、触手(?)の部分だけなので、おそらくオスを観る機会はない。
姿なきオスも気になるところながら、メスにしろ普段は目にできないボネリムシの「体」、いったいどんな形なのだろう?
ボネリムシの存在を知って以来長らく疑問に思っていたところ、あるときなぜか全身をあらわにしている小型のボネリムシを見つけた。
ああ、なんと単純な形……。