其之二十四
この写真をひと目見て、
「ああ、見たことある!!」
と思った方は、自信をお持ちになっていい。自らがすでに立派な変態社会人であると。
見たことがない、何これ?と思ったあなたは正常です(笑)。
ま、目にしたことがある人が異常かどうかはともかくとして、このヘンテコリンな生き物は砂底に生息している。
といっても、常時写真のように姿を晒しているわけではないらしい。ただ、こういう砂底でおなじみの共生ハゼなどを求め、眼を皿のようにして海底を徘徊しているときに、ふと視界の片隅で、
ニョロニョロニョロニョロ………
と蠢いているのだ。
見るからに異様なその動き、近づいてみると、なにやら小さな穴(写真下矢印)から這い出ているようである。
このまま全身が出てくるのか、本体が登場してしまうのか?と戦々恐々としていると、やがてこの地を這う一反木綿のような生き物は、ある動作を始める。
周囲の砂を、体の上に載せ始めるのだ。
手も足もないのにいったいどうやって砂を体の上に載せているのか、観ていても不思議になるほどその動きは緩慢なんだけど、それでも観ているうちに、体の表面がジワリジワリと砂だらけになっていく。
そしてその頃には、体はこ~んなにビヨヨ~ンと伸びている。
これで50cmほど。
これでも穴からすべてを出し切っているわけではないようながら限界点はあるらしく、ある程度伸長して砂をたっぷり表面に乗せた後は、せっかく上に載せた砂を逃さないためか、身をクルッと筒状にする。
そこまでの一連の動作は極めて緩慢なので、この後どうするんだろう?と思っていると、そこからの彼は早い。
まるで意を決したかのように、やおらヒュルルルルルル………と元の穴に戻っていくのだ。
そして、何事もなかったかのように、再び砂中に姿を消す。
この一連の様子は写真ではなかなか雰囲気がつかめないから、動画で是非。
↑これを初めて目にしたときは、ただただ唖然としていただけだった。まさに、
「なんじゃこりゃ?」。
その後も何度か目にしているけれど、穴から出て来るところから観られるケースは稀だし、いた、と思ったときには引っ込む寸前だったりするし、そもそもこんな変態クリーチャーを観たがる方は少ないから、これまでゲストにご案内したのは1度か2度しかない。
もっとも、初めて目にしてからかなりの年月が経っているというのに上のような写真を撮るのが精一杯で、ご案内しようにもいまだにこの生き物の正体は不明なままだ。
おそらく扁形動物だろうけど、外国の研究者は、こういう生き物にもすでに学名をつけていたりするのかなぁ??
※追記(2014年)
こういうものを研究するのは欧米の研究者だけだろうと思っていたら、最近では日本の若い研究者がかなり頑張っているらしい。
クロワッサンの貴重なアカデミズム情報源の一人であるドクター・ワカ氏が得た情報によれば、この一反木綿はサナダユムシの仲間なのだという。
研究者によると、砂底の下2m近くもの奥まで潜り込んでいるそうで、採集するのも容易ではないのだとか。
ただしここで紹介している写真の個体は「ザ・サナダユムシ」とは色彩が異なるらしく、現在要チェック扱いになっているのだそうだ(ワタシが水納島で目にしているのはこのタイプだけ)。
こういう生き物の正体や生態がわかったからといって、シアワセになれる人がどれほどいるのかと言われれば身もふたもないけれど、こういったヘンテコな生き物に目を向けてくれる研究者が増えてくるということは、すなわち日本のアカデミズムの世界の裾野の広がりを意味するに違いない。
その広がりこそが、やがてはめぐりめぐってあらゆる人のシアワセにつながるのである。
徐々に明らかになるであろうサナダユムシの分類研究もまた、貴方のシアワセにきっと無縁ではない。