海のなんじゃこりゃ?

其之二十二

サンゴの手招き?

 ご存知の方が多いだろうと思いきや、意外にご存知じゃない方が多いのが、サンゴの枝間からまるで手招きするかのごとくゆらめくこの紐状の物体。

 「あれはサンゴの一部ですか?」

 という質問が思いのほか多い。

 ユビエダハマサンゴ類で観られることが多いこの黒い紐、たしかに観ようによってはサンゴから伸びる触手に見えなくもない。

 しかしそれは、サンゴとはまったく関係がない生き物の「腕」なのだ。

 その名をクモヒトデという。

 特に気に掛けて観ることはなくても出会う機会はやたらと多く、サンゴから手招きしているものたちのほか、ヤギの枝間に絡みついていたり…

 もっと小さなものがヤギの枝にしがみついていたり…

 ムチイボナマコなどの体表を暮らしの場にしている種類もいる。

 ダイバーじゃなくても、海岸の潮溜まりを散歩すれば、岩の隙間から同じように手招きしているように見える腕を観ることができる。

 クモヒトデ類には夜行性のものが多いこともあって、日中は石の下などの暗がりでなりを潜めているため、狂信的に石をめくり続けるエビカニ大好きダイバーのみなさんもおそらく日常的に目にしていることだろう。

 ただしクモヒトデの仲間といっても実に種類は様々で、ひとたび「ヒトデガイドブック」なる変態図鑑をめくってみると、世に知られているヒトデ類のうち、イチローの打率くらいの割合でクモヒトデ類が占めていることを知る。

 海で大繁栄を誇る多種多様なクモヒトデたちのうち、ユビエダハマサンゴの枝間にいるタイプの全身はこんな姿だ。

 ↑この写真を見て、すぐさま「オニクモヒトデだ」と即答できるような変態な方々とは、なるべくならお付き合いしたくないけれど、5年に1度あるかないかくらいの「クモヒトデの名前を知りたいとき」には欠かせない人材ではある。

 ちなみに、同じ「ヒトデ」とはいっても、マンジュウヒトデやアオヒトデがヒトデ綱に分類されるのに対し、クモヒトデ類はクモヒトデ綱になる。

 なんと、分類の単位でいうところの「綱」の段階で、ヒトデ類とクモヒトデ類は別のグループの生き物なのだ。

 ……といってもなんのことやらわからないからわかりやすく言うと、我々ヒトは脊椎動物門の哺乳綱に分類されている。オランウータンもライオンも、アフリカゾウもモモンガも、アルマジロもハツカネズミも、ミツユビナマケモノもカピバラも、み~んな同じ哺乳綱だ。

 では、脊椎動物門の「綱」のレベルで違う動物となると、爬虫類や鳥類、両生類に魚類、ということになってしまう。

 つまり、いわゆるフツーのヒトデとクモヒトデは、系統的にヒトとエリマキトカゲくらいにまったく違う生き物ということになる。

 言われてみるとたしかに見た目からしてまったく違うのだけれど、素人目にも決定的に異なって見えるのが、彼らの移動方法だ。

 フツーのヒトデ類たちは、それぞれの腕の下から生えるたくさんの管足を使って這い進む。

 それに対しクモヒトデは、腕を文字通り腕のごとく使って這い進むのだ。

 一連の写真、ヒトデ類ならこんなに腕を動かすには相当な時間がかかるけれど、クモヒトデたちなら秒単位で動かしてしまうから、這い進む速度もかなり速い。

 高速移動可能なクモヒトデにしてみれば、「管足?それ何語?」てくらいにその運動機能がまったく異なっているのである。

 サンゴの枝間から腕を出しているだけで、エサをゲットできる運動機能でもあるのだった。