其之三十九
リーフエッジのオーバーハングの陰になっている暗い壁面に、巨大な二枚貝がついていることがある。
貝の外套膜部分は派手な色彩に溢れているものの、岩肌に付着している様々な生き物も同じようにフクザツな色を呈しているし、貝殻にまでたくさん他の生き物が付着していることがあるから、慣れないと存在に気づかないかもしれない。
彼らにも「眼点」という光を感じる感覚器官があるので、近くに不審者(ダイバーのことです)が通りかかると、慌てて貝殻を閉じる。
貝殻の手前にズラリと並ぶ小さな淡いブルーの球体が眼点で、これほど数があれば、危険察知能力が高いのも頷ける。
なまじ大きいだけに「閉じる」というアクションは目立つし、まさかそんな大きなものが貝とも思えないため、そこで初めて
なんじゃこりゃ?
となることもあるだろう。
この貝はその名をミズイリショウジョウガイといい、大きいものでは20cmを超えているから、海中では30cm超くらいに見える。
そんな大きな貝が閉ざされる様子は、オーケストラには欠かせない名脇役シンバルのようですらある。
そのミズイリショウジョウガイの爆裂波動砲級シンバルシーンはこちら。
ミズイリショウジョウガイの波動砲。
(25秒のYoutube動画)
フツーはここまで近づく前に閉じちゃうものなんだけど、どういうわけかこのときのこの貝はお利口さんで、ギリギリまで近寄らせてくれた。
大きいけれど警戒心は強く、眼点で危険を察知するとすぐに閉じてしまうから、外套膜の美しさを堪能するためには、影を落とさないよう、水流を感じさせないよう、慎重にゆっくり近づく必要がある。
近づいてから外套膜を見比べてみると、個体ごとにけっこう様々であることがわかる。
やや暗めの岩肌に多いミズイリショウジョウガイながら、冒頭の写真のように砂地の根で見られることもあるし、ほとんど砂底ギリのところで成長しているものもいる。
本人が好んでこういう場所にしたのか、それとも元は砂底から離れていたものが、砂が増えてきてギリギリになってしまったのか。
ところで↑この写真では、2枚の貝の下側のほうが大きく膨らんでいることがわかる。
我々シロウトが二枚貝をイメージすると、貝殻は「上下」に開くものと思ってしまうけれど、生物学的にはこの2枚の貝を右殻(うこく)、左殻(さこく)と左右で捉えるのだそうだ。
で、他の多くの二枚貝と同じく、ミズイリショウジョウガイも上下になった場合の下側、すなわち大きく膨らんでいる側が右殻になる。
そしてなんとも驚いたことに、ミズイリショウジョウガイの右殻内には、水が蓄えられているという。
その水をどのように利用しているのかは不明ながら、貝殻内に水が入っているから「水入り」ショウジョウガイという名前が付けられたのだ。
その身が水っぽくて美味しくないからかな…とおぼろげに考えたことはあったけど、まさかホントに水が入っているとはなぁ。
ダイビングを始めた頃から知っている貝だというのに、いやはや、まったく知らんかった…。