其之八
砂地の根のちょっとした岩陰でたまに見られるこの生き物、海中でチラッと見ると、一瞬シャコか何かのように見える。
けれど、よく見るとイバラカンザシと同じように一対のエラ(?)を管から出しているのがわかる(サイズもイバラカンザシと同じくらい)。
ただ、イバラカンザシのような繊細なものではなく、なんだか剛毛のようなので便宜上ここでは剛毛君と呼ぶ。
見れば見るほど不思議な形なので、いったいこの生き物の構造はどうなっているのだろうかと近寄ってじっくり見てみたくなる。
ところがイバラカンザシに似ているだけあって、うかつに近寄ると彼はその2本の剛毛アームをサッと管のなかに引っ込めてしまう。
観察するにも写真を撮るにも慎重に接近しなければならない。こういうのをじっくり見たい、撮りたいという人がいれば、だけど……。
こんな生き物を載せている日本の図鑑なんてまずないので、発見以来長い間、我々にとって謎の生き物だった。
けれどさすが変態文化先進国の欧米社会、こんなヘンテコな生き物ですら載っている洋書の図鑑があった。
それによると…
Unidentified Sabellarid
なんだよ、Unidentifiedなんじゃないか……。
ビンゴ!な写真が載ってはいたけど、謎は謎のまま。
ちなみにSabellaridというのはSabellaridaeという科に含まれる1種で、英名ではサンドグレイン・チューブワームと総称されることもある生き物のグループらしい。
その見た目どおり、ファン・ワームと呼ばれるイバラカンザシやケヤリムシと近縁だという。
その洋書によれば、It is unusual in appearance とあった。
たしかに水納島でもそんな感じで、観たいからといっていつでもどこでもというわけではない。しかしだからといって、珍しいというほどでもなく出会える。
毛の色は個体ごとに違うのか、色の変更は変幻自在なのか、そもそも種類が異なるのかは不明だ。
そういえば、前世紀末に訪れたソロモンはガダルカナル島の海底には、この生き物がかなりの高密度で生えていた場所があった。
それも根の岩陰とかではなく、やや斜度の強い黒っぽい砂底一面に。
となるとそこでは Usual in appearance なんじゃ??
ガダルカナル海底の高密度生息状況は、火山灰由来の土壌成分に関係があるのだろうか。
…といったことを書いてから四半世紀くらい経っているというのに、2021年の今になってもいまだに和名すらなく謎はますます深まるばかり。
逆にいえば、身近なところにさえ海にはまだまだ謎がたくさん残っているということでもある。