其之参
サンゴや岩のちょっとした陰や隙間に、ポコンとくっついている、ビー玉サイズの暗緑色の玉。
「黒真珠です!!」
と指差すと、途端に目の色を変えてむしりとろうとするゲスト……。
お約束の「ウソ」に、ダイビング100本未満のゲスト100人中1人はひっかかってくれる、実におおらかな古き良き時代があった。
でも、当時残りの99人の方々がこの玉の正体をご存知かというと、けっしてそういうわけでもない。
この玉……なんじゃこりゃ?
もちろんこれは黒真珠でも石でも何かの卵でもなく、なんと海藻。
こんな形をしていて何の得があるのか、なにが便利なのかは不明ながら、海藻という概念を大きく覆し、喜びと感動を与えてくれる(?)不思議な生き物であることはたしかだ。
その証拠に、山渓フィールドガイドブックス「サンゴ礁の生きもの」という図鑑では、他の生き物の解説コメントは、ほぼすべて無味乾燥ないわゆる図鑑的説明ばかりなのに対し、このオオバロニアの項だけは、
「……この種が見られれば感動ものである。」
と、執筆者の熱い息づかいが感じられる主観が書かれている。
さあ、みなさんも感動しよう(笑)。
ところで、その図鑑の中での4行にも満たない解説によると、なんとこのオオバロニアは単細胞体なのだという。
直径2cmほどもある単細胞!!
オオバロニアに限っては、「この単細胞!!」という罵倒は、痛くも痒くもないに違いない。
ところでこの単細胞の玉は、いったいどうなっているのだろう。
心ないダイバー(ワタシのことです)は、むんずとつかんで見てみることにした。
付着しているところからもぎ取った段階で、やや萎んでしまうオオバロニア。そこで指に力を入れて圧力を加えてみると、従前同様のパツンパツンのお肌に戻る。
さらに圧力を加えると……
パンッ!!
という音はせずとも、まるで紙風船が破けるように破裂、そして緑色の液体が流出……。
この緑色の液体は、光合成をつかさどる葉緑体だろうか。
あらかた中身が出てしまうと、それまで暗緑色に見えていた外側の膜が、実は薄い透明なビニールのようなものであることに気づく。
全体が黒真珠のような暗緑色に見えるのは、中身の色、つまり細胞内のいろんなグッズの色だったのだ。
そんなことを知るためだけに、細胞1個とはいえ生命を奪ってしまった罪悪感…。
よい子はけっして真似してはいけません。