其之四
砂底を潜っていると、オブジェのようにそこかしこにある「海ウンチ」。
かつてビギナーダイバーに、「ほら、うみうんちです」と指差しつつ海中でボードに書いたところ、その方はその後ずーっと「ウミウンチ」という生き物であると思い込んでいた、ということがあった。
スマホなど誰も持っていない実に緩やかな時代ならではのことだろうけど、いうまでもなく海ウンチとは当店でのみ通じる愛称なので、他所で誇らしげに「海ウンチを見た!」と語らないようご注意を(笑)。
ところでこの通称海ウンチ、いったいぜんたいなんじゃこりゃ?
時間が経って崩れてしまっているもの、半ば崩壊しているものなどあるいっぽう、今まさに形成中というものもある。
じっくり観察してみると、中央部分から次々に新しいウンチがニョニョニョニョニョと出てくることに気づく。
うみうんち製造中(5倍速)。
(41秒のYoutube動画)
これは、本当にウンチなのだ。けっして生き物そのものではない。
ではこの海ウンチを出している生き物とは?
ギボシムシである。
ギボシとはもちろん擬宝珠のこと。
ネット社会じゃなかった当時、擬宝珠の意味が分からず広辞苑で調べてみたところ、驚いたことにギボシムシの説明まで載っていた!!
広辞苑のおかげで擬宝珠の姿形はわかったけれど、ではギボシムシとはどんな姿をした生き物なのか。
気にはなるものの、1mにも達するという得体の知れない奇天烈クリーチャーを掘り出してまで探そうという気にはなかなかなれず、我々の間では長い間「名前は知っているけど見たことのない生き物」という存在だった。
ところがあるときゲストを案内中に、どういうわけか砂上にポツンとたたずんでいるギボシムシを見つけてしまった。
こんな生き物、見て喜ぶのはよほどの変態的マニアだけだろう。
幸いにしてギリギリのところでそれに該当しておられるゲストに、是非撮ってとお願いしてしまった。
その写真がこれである。
撮影:奈良のザリガニハンターさん
以下は撮影者のコメント。
『この写真を撮ったのは私がカメラを購入して初めての水納島でした。ゲージュツ写真を夢見ていた私にむかって
「これ、珍しいから撮っておいて」
…植田さん、こんなミミズの親玉の写真撮るの!?と思ったのはいうまでもありません。』
撮影当時のご本人にはまだ、自身もまた変態社会人であるという自覚はなかったようだ。
でも36枚+1枚しか撮れないフィルム時代に、このようなものに貴重な1枚を使わせてしまって申し訳ございません…。
ともかくそんなわけで、ついにその姿を晒すこととなったギボシムシ(写真の個体は50cmほど)。
この生き物こそが海ウンチの生みの親なのだ。
日の目を見ることなどそうそうないであろう奇天烈クリーチャー、その姿を見ることができたみなさんはシアワセ者である。
奈良のザリガニハンターさん、ありがとう。