其之十三
今のようにデジカメで手軽に写真を楽しめ、スマホだSNSだといった世の中になる前は、ダイビング業界における変態社会人は極めてマイノリティだった。
ところが、写真を撮るのも手軽、それをネット上にアップするのも手軽になると、それまでマイノリティだった変態社会人たちは、気がつけばそこらじゅうにできるコンビニと同じように、あっという間に市民権を得るに至った。
変態だけにその興味は舞い踊る魚たちだけでは飽き足らず、その対象は人目につかないようひっそりと暮らしているものにまで及ぶ。
日中は暗がりに潜むエビやカニを求める方々が、ダイビング中に石をひっくり返してそれらを探すというのもすっかり一般的になり、やがてそこからスターも現れた。
キンチャクガニもそのひとつだ。
比較的浅いところにゴロゴロしている平たい石をめくると出会えるチャンスが増すので、このカニ見たさに大勢のダイバーがわれもわれもと石をめくる。
もっとも、石をめくったからといってすぐさま「やぁ、どうも!」とばかりにキンチャクガニが出てきてくれるわけではなく、むしろ求めていないものが次々に出てくる。
暗がりを好むクモヒトデや、陰日性のナマコやゴカイなどなど、普段目にしないような奇怪な生物=このコーナーの主役たちをたくさん見ることになるのだ。
冒頭の写真のユキミノガイの仲間もその一つ。
キンチャクガニを探しているときにこの貝が出てくると、その模様のせいで一瞬「キンチャクガニ!!」と思ってしまい、まぎらわしいったらない。
いくらなんでも貝をカニとは間違えないだろうと思われるかもしれない。
しかし二枚貝であるこの貝は、能動的に移動、もしくは泳ぐ。
上下の貝殻をふいごのように開閉して水流を作り、フゴフゴフゴとかなりアクティブに動くのだ。
石をひっくり返してそんな動きをするこの模様の生物を見たら……キンチャクガニと思うでしょう?
え?思いませんか?
ま、たしかに触手の端から端まで4cmくらいあるから、冷静に考えたらたとえ一瞬でもキンチャクガニと見間違うサイズではない。
でも冷静ではないワタシにとっては、コイツは偽キンチャクガニなのである。
今やキンチャクガニはすっかり有名になっているので、それを探す過程でこの貝と出会っている方はけっこう多いと思う。
その生態を思えばキンチャクガニと同じくらいにスター性充分だと思うのだけど、残念ながら認知度はキンチャクガニよりはるかに低い。
いつの日か、キンチャクガニが偽ユキミノガイ扱いになる日をめざし、今日もユキミノガイはフゴフゴフゴと……。
ちなみにこのユキミノガイの仲間は、能動的に暗いところを目指して移動する。
そのためこうやって写真を撮ろうとすると、すぐにフゴフゴフゴと動いて石の下に潜ろうとする。
そんなとき、コイツを撮りやすい位置に戻そうとしてウカツに触るとやっかいなことになる。なにしろこの貝の触手(?)はベタベタとくっつくのだ。
くっつくだけならともかく、くっついたらすぐさま千切れる。
ちょこっと触っただけなのに指に何本も千切れた触手がくっついていると、なんともいえない心苦しさが残ってしまう。
また、写真のようにこんな日の当たる場所にいつまでもグズグズ放っておくと、目ざといオグロトラギスたちがすぐさま近づいてくる。
ベタベタくっつく触手が防御になんらかの役割を果たすのかと思いきや、彼らはあっさりとトラギスに食べられてしまう。
ワタシが経験したこのような愚行に鑑みれば、ユキミノガイたちにとっては認知度などどうでもいいから、ただただそっとしておいてほしいと思っているに違いない。