其之三十六
まるで賽銭箱の中の小銭のように、円形のものがたくさん散らばっている冒頭の写真。
ひとつひとつの直径は1cm前後とさほど大きくないから、気にしなければ海底でさほど目立っているわけではない。
でもひとたび存在に気がつくと、実はリーフ際の水深10m以浅ほどの海底のそこらじゅうに、わりと密度高く散らばっていることがわかる。
↑これでもごくごく一部だからその規模は賽銭箱というよりもトレビの泉級で、多くの観光客が再訪を記念して投げ入れたコインのようでもある。
もちろんこの円形のものはコインなどの人工物ではなく自然のもので、それも動物、有孔虫というグループに属するゼニイシの仲間たちだ。
有孔虫と漢字で書くと仰々しいものの、要は殻を持っているアメーバみたいなもので、「この単細胞!」という罵り用語が事実そのとおりになる単細胞動物である。
有孔虫類のなかで最も有名なものといえばお土産屋さんでもお馴染みのホシズナやタイヨウノスナで、彼らが1mm前後のサイズなのに対し、1cm前後になるこのゼニイシ類は大型の部類になる。
海底に散らばっているうち、真っ白になっているものは殻だけのいわば死骸で、生きているゼニイシはこんな感じ。
彼ら有孔虫類の多くはサンゴと同じく渦鞭毛藻を体内に宿し、藻が作り出す栄養分を利用しているそうなのだけど、それ以外にも能動的な栄養補給をしているらしい。
周辺部を拡大してみると…
1枚の円形に見えるその表面には、蜂の巣構造にも見えるたくさんの穴が開いているのがわかる。
これは体内の藻が光合成しやすいように、光を中に通すための構造なのだそうだ。
また、縁のあたりから妖しく伸びている白い靄状のものは「仮足」と呼ばれるもので、先の採光用穴よりももっと小さな穴から出ているという。
随分長く伸ばすことができるこの仮足を使い、有孔虫たちはガラス面に張り付くこともできるし、移動もする。
単細胞動物と侮ることなかれ、といってもいいほどに、有孔虫たちはなかなかフクザツかつ機能的な暮らしをしているのだ。
また、有性生殖と無性生殖のどちらも行うそうで、もっぱら無性生殖で増殖しているようだ。
殻のなかで分裂増殖し、クローンを縁から一斉に放出するというミクロ劇場も相当興味深いものの、気になるのは彼らの唐突な大増殖。
というのも、ゼニイシがサンゴ礁域の浅いところにいるというのは不思議でも何でもないものの、各ポイントのリーフ際、水深10m以浅あたりの海底にこれほどまでの密度で大量のゼニイシが観られるようになったのは、水納島の場合ここ5~6年ほどのことなのだ(2022年現在)。
急に彼らがドンッ!と増えるようになった理由とは、いったいなんだろう?
沖縄のような暖海にはフツーにいて、サンゴ礁環境でよく観られる、という話は述べられていても、ゼニイシが大量にいる環境とはどういうところなのか、という情報が一般向けにはなかなか述べられていない。
ただ、彼ら有孔虫は環境の変化に敏感で、それゆえに古生物的には示準化石だけではなく示相化石としても重要な役割を果たしているそうだから、ゼニイシが突如大量に増殖、ということが何かを物語っているのは間違いないと思われる。
それがいい方向への変化であってほしいところながら、なんとなく内湾的な砂泥底環境への移行途上だからというような気がするあたりが、どうにも不気味なトレビの泉なのだった。