旅程が決まり、目的地も決定した以上、後は準備に邁進するしかない。
叶姉妹のような人々であれば、海外に出かけるに際し、どのような服を着飾っていくかということが重要なテーマになるのかもしれない。南欧の海と風に心地よくとけこむ洒落た服装なんてものを選ぶのもきっと楽しいひとときなのだろう。
しかし、我々が行くところは冬のリビエラならぬ冬のアラスカである。知らない方はまさかいらっしゃらないとは思うけれど、念のために言ってしまおう。
冬のアラスカは寒い。
いや、だから怒ってはいけない。念のためっていってるでしょうが。
昨年の北海道旅行で想像の限界を超える寒さを知った我々ではあったが、どうやらアラスカの、それも北極圏の冬の寒さというのは、想像の限界を超えた寒さのそのまた限界を超える寒さであるらしいことがわかってきた。
だいたい、北海道の場合は屋外に出ている昼間はスキーをしていて、寒くなる夜は暖房万全の室内でのんびりしていたのである。夜の寒ささえ知らないに等しい。オーロラを見るとなると夜間に外に出るというのに……。
いろいろ調べてみると、その人が行った時期、行った年によって、暖冬であったりたまたまそれほど寒くなかったり、逆に死ぬほど寒かったりすることもあるようである。
いずれにしても、着飾るための服装を選んでいる場合ではない。
だからといって、いったい、どんな装備をしておけばいいのだろうか。
最近の冬のアラスカでは、現地でレンタルの防寒着を用意しているところが随分増えているらしい。 少なくとも団体パックツアーなら間違いなく業者が揃えているそうだ。
察するに、自然の厳しさに対してあまりにも無邪気に参加する日本人観光客の多くは、甘い予想のもとに用意した防寒着で寒さをしのぐことができない、ってことが続出したのだろう。受け入れ側も、仕方なく用意し始めたってのが実情かもしれない。
はたして我々が行くべき「現地」には……?
なにしろ人口50人だからなぁ。昔のクロワッサンにはレンタルスーツが3ミリの半そでしかなかったように、ベテルスロッジにも防寒着のレンタルはないかもしれない……。
……というのはまったくの杞憂であった。
トランスO氏に問うてみると、一人1日10ドルで、オーバーコート、オーバーパンツ、防寒靴、防寒手袋のアラスカスペシャル・オールセットを借りれるのだそうだ。氏によれば、事前に予約しておいてもいいし、現地で様子を見てから借りてもいいとのことだった。では現地で借りることにしよう。<ホントにいいのか、それで??
というわけで、防寒着に関しては、外側の心配はなくなった。
外側は言われなくたって警戒はしていた。盲点だったのは、外よりも内だ。参考にした数々の旅行記たちが口を揃えて訴えているのは、
下着や靴下は綿じゃだめだッ
ってことだったのだ。
普段自分が着ている下着はシルクだよ、といわれてもフ〜ン、そうなのか、という程度の感想しか持てないくらいに材質に無頓着な僕に、いきなり綿じゃダメだといわれても困る。困るが、どうやら極寒の地では、綿の下着だと汗を吸ったあと体の表面で急速に雪の女王化してしまうらしい。いかに外側を強靭な防寒着で覆っていようとも、内側からジワリジワリと体温を奪われていくというのだ。
汗腺が他人の32倍くらいある僕としては、聞き捨てならない重大情報である。
重厚なる防寒着をレンタルしてもらえるとはいえ、まさか下着まではないだろう。あったって間違っても借りはしないが。
ではどんな下着を用意すればいいのだ?
あ、そういえば、昨年の旅行の際に検討して不要と判断したもののなかに、雪山用の下着というのがあったっけ…。なにやら特殊な化学繊維で、水分を吸収しつつ発熱するというスグレモノであるらしい。ネット販売で調べてみると、そういう寒冷地用下着の中でも極寒地用というのがあって、単なる薄手のスウェットのように見えるくせになかなかの能力を備えたものであるという。
フムフム、いくらくらいするのかな…?
た、高い……!
しかも上下セットの値段かと思いきや、上下別々でその値段。色を変えればその外見はほとんどラクダのパッチと大差ないくせに、なんなのだこの値段は。おそるべし化学繊維………。
薄手のものなら名護のジャスコでもなんとか手に入ったが、やはり一つ間違えれば死んでしまうかもしれない北極圏である。薄手のものプラス、ここは決意の極寒地用下着一人あたり2セットほど………。
うーん、決意したとはいえ、このパッチ2セットの値段で、現地にもう1泊できると思えばやっぱり納得できないなぁ……。でも、ドライスーツのインナーとして利用すればいいか、と開き直ることにした。
さらにいろんな旅行記を読んでみると、寒さ、冷たさはまず手先、足先から来るという。言われるまでもなく当然の話だ。が、その寒さは昨年の北海道行で手に入れた冬靴なんかではとうてい手におえない寒さであるらしい。靴はレンタルするとして、分厚く、そして綿ではない靴下が必要だ。
さいわい、靴下は安価なもので揃えることができた。
足元の防寒をさらに強力にするために、靴用のホッカイロというものがあるらしい。使い捨てカイロの販売コーナーなんて、沖縄では28インチワイドテレビほどの面積すらない。製品の充実度はもとより、大量に買いたい場合にも在庫がないということもざらである。
こればかりは、内地で買い求めるしかない。成田出発前にうちの奥さんの実家で2泊するから、その間に購入することにした。
さすがに埼玉のホームセンターのカイロコーナーは充実していた。サイズも用途も選り取りみどりで、靴の中に入れることができる小さなヤツもたくさん買うことができた。
いろんな旅行記を読んで防寒面で次に注目すべきは、露出している肌である。肌の露出は最小限度にとどめねば、コワイコワイ凍傷にもなりかねないと、数々の旅行記が脅すのだ。
そこで登場したのがフェイスマスクである。昨年の北海道スキー旅行の際、苦労して購入したのに結局使わなかったかのフェイスマスク。ついに彼が日の目を見るときがきたのである。
そして、昨年はその存在すら知らなかったネックウォーマーとスキー帽で、つま先から頭の先まで完全なる防寒態勢を整えることができた。
その他、金属製のメガネフレームは時として危険であるとか(ようするにサウナの逆状態)、乾燥しているので肌や唇がどんどんひび割れていくとか、カメラ器材のための保温とか、カイロは化学反応の使い捨てよりも燃料系のモノがいいとか、お酒はぬるめの燗がいいとか、肴はあぶったイカでいいとか……。完璧を期すとどんどんエスカレートしていきそうな気配になった。
いろいろ心配すればキリがなさそうだったので、もう、困ったらそのときはそのとき、とりあえず体さえ守れればいいという線で防寒装備作戦を終えることにした。
はたして、結果は……。