パンテオンを後にし、タッツァドーロという超有名なカフェ(勤務中の制服警官が普通に連れだって入店していたから、さぞかし美味しいのだろう)の脇を抜けて進むと、やがてホテルに。
随分歩いたし、ビールもワインも飲んだし、そろそろ父ちゃん昼寝タイム………
と思いきや、
「トレヴィの泉に行こう!
へ?また??
そりゃたしかに雰囲気のいいところではあるけれど、短い滞在中に、こんなに何度も訪れる人がいるんだろうか??
実は父ちゃんは、すでに気もそぞろ状態だったのだ。
お土産だ。
旅行初日からすでにお土産の心配をしていた父ちゃんは、シチリア滞在中はとりあえず「土産を買うのはローマでいいやな」と言っていたから良かった。
けれどローマに着いてからは、お土産買わなきゃお土産買わなきゃお土産買わなきゃ状態で、居ても立ってもいられない。
地元の友人関係からは旅行出発に際して餞別もいただいたそうで、あれにもこれにも買わなきゃ…状態だったのだ。
で、とりあえず心に決めていたのが「Tシャツ」。
そこらの屋台系土産屋の相場が一枚5ユーロだったから、人数分買えるしかさばらない。それにたとえ普段着てくれなくとも、寝間着、野良着くらいにはしてくれるだろう。
そうしていろいろ屋台のTシャツなどを物色した結果、トレヴィの泉の脇にあるTシャツ屋で、ってことで決定したようだった。
てなわけで、再びトレヴィの泉へ。
決定したようだった…といいつつも、またあーでもないこーでもないになるのは間違いなかったから、とりあえず父ちゃんはうちの奥さんに任せ、僕はプラプラしつつ薬局に入った。
あまりの乾燥状態で、唇がカサカサになって痛かったから、リップクリームを買うべく。
店内に入ったらビックリ。

買ったあと一言断ってから撮りました。
薬局の商品棚が、こんなに重厚な造りである必要がどこに???
ってくらいに立派な調度。
しかし、それもそのはずだった。
50年前にはすでにここに存在しているくらいの老舗なのだから。

ローマの休日より
例によって「ローマの休日」。
アパートの部屋から一度は見送ったオードリー様ときっかけを作るべく、あとをつけてトレヴィの泉まで来たグレゴリー・ペックが歩く先に、「 FARMACIA(薬局)」の文字が。
今のお店も……

たまたま夜撮っていたトレヴィの泉の写真の端っこに写っていた。
この場所に。
よく見ると街灯の場所もそのままって感じ。
この妙な発見、リップクリームを買いに行かなきゃ、この薬局の存在も知らずに終わっていたろうから、ある意味父ちゃんの買い物のおかげなのである。
さてさて、リップクリーム5ユーロ弱(高ッ!!)を買って二人に合流すると、案の定まだ何も決まっていなかった。
このままでは永遠に買い物につき合わされそうなので、即座に店を決定し、勝手に選び始める。
ついでに自分のも♪

いやあ、このセンスは私のツボ。
Coca colaじゃないですからね。Ciao bella。
1枚たったの5ユーロとはいえ、15枚買うという父ちゃんに店員さんもやる気を漲らせてくれて、一緒に手伝ってもらいつつようやく選定終了。
最大の懸念事項を終了させ、一仕事を終えた感のある父ちゃんは、このへんでようやくお昼寝タイム。
そして我々は、再び散歩に出かけた。
LIBERTA!!
今日の散歩にはひとつテーマがあった。
カラヴァッジョの絵を観よう!
ヴァチカン博物館内のピナコテカ収蔵の絵は観られなかったものの、市内の教会で普通に観られる絵もあるのだ。
それらは教会が後年コレクションしたものではなくて、カラヴァッジョが教会の依頼で描いたもの。
その教会のひとつが、パンテオンとナヴォーナ広場の間にあるサン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会。
そこに、有名な「マタイ3部作」があった。

カラヴァッジョが名声を得るきっかけになった作品だ。
想像していたよりもでっかくて驚いた。
「大作」って、ホントに大作なのね………。
そのすぐ近くにあるサンタゴスティーノ教会には「巡礼の聖母」が。

これらの絵を教会が依頼するというあたりが、いかにもルネッサンス期に建てられた教会ってところか。
で、ここからはやや遠いポポロ広場にあるサンタ・マリア・デル・ポポロ教会にも、やはりカラヴァッジョの絵が。
しかしどういうわけかこの教会だけ、 NO FLASH どころか撮影すら不可だった。
でも教会内は普通に撮影OKだったから、遠くから盗撮しちゃった。

「聖ピエトロの逆さ磔」。
すでにサン・ピエトロ広場は行っているのでもうおわかりですね?
そう、この方が、この絵の中で十字架に磔にされている方が、あの広場や寺院の名の由来の方。
とはいえ、さすがにこの写真じゃあ、何がなにやらわからん……。
これらの教会は、朝と午後4時過ぎくらいから出入り自由になるので、我々の散歩にはちょうどよかった。
ちなみにこのカラヴァッジョ、その人生を見るとある種の「狂人」だったとしか思えない面が多々ある。
30前で名声を得た彼だったのだが、33歳のときに乱闘騒ぎで人を殺めてしまい、ローマを追われる身に。
落ち延びた先のナポリでは、大歓迎を受ける。
さすが都市国家、国が違えば扱いも変わるのだ。
で、そこで出会ったマルタ騎士団長の取り計らいで、マルタ島へ。
この地でも大作をものすのだが、ここでもまた彼は決闘騒ぎを起こして投獄される。
懲りない男、カラヴァッジョ。
で、マルタからも逃亡し、今度はシチリアへ。
シチリアでは1年の間に4つもの大作を手がけた。
結局シチリアにて38歳という若さで病死してしまうカラヴァッジョ。実にまぁ、鬼才と一言で片付けてしまうわけにはいかない波乱万丈の人生なのである。
そんな人が、たとえばボッティチェッリの絵のような、少女的メルヘン気分で包まれるようなシアワセを観ている者にもたらす絵など描くはずはなく、光と影で捉えた人間世界は、あくまでも「リアルな心理と真理」の世界なのだった。
ところで、ルネッサンス期に限らず古今東西の芸術になんの造詣もないない僕が、なんで突然カラヴァッジョなのか。
ほかでもない、これがまたゴッドファーザーに相通じるものがあるのだ。<またか!
あくまでも僕の中で、だけど。
いったいそこになんの関係があるのか。
それはやはり、「光と影」。
まずはあらためてこのカラヴァッジョの画風をご覧あれ。

「聖マタイと天使」
教会で売ってるポストカードより
同時代、もしくはそれ以前までの絵には、背景がここまであっさりと影になっているものなどほとんどない。
「光と影の画家」と言われるのも当然と思えるくらい、コントラストくっきり。まるでスポットライトのようですらある。
これ、今の世に生きる我々だからこそ、「スポットライト」というものの効果を知っている。
名だたる舞台はもちろんのこと、ドリフの全員集合にだって欠かせないライティングだ。
でもカラバッジョが生きていた時代って、スポットライトどころか電気がないんですぜ。
彼の脳に描かれていた「映像」って、いったいどこから来たの??
と〜っても不思議。
で、ゴッドファーザー。

ゴッドファーザーより
1作目の冒頭シーンね。
葬儀屋のハゲのおっさんが、ドンに娘の仇討ちを陳情しているところ。
こんなハゲオヤジがいきなり映画の幕開きに登場するってどうなのよって話はおいておいて、ともかくこの背景のなさ。
これ、外で結婚式が行われているドンの家の書斎ですぜ。背後には普通に高級な家具だってあるにもかかわらず。
ここから続く冒頭シーンの映像がとても印象的で、カラヴァッジョの絵を何かで初めて観たとき、思わず僕はこのシーンを連想したくらいだ。
そして光と影といえば。

ゴッドファーザーより
同じく冒頭で、陳情客が帰ったあとにその処置をトム(ロバート・デュパル)に指示するドンの図。
これももちろん、昼間のドンの書斎の中。なのにこの背景の暗さ!!
ゴッドファーザーのマーロンブランドといえばこんな陰影ってくらいお馴染みだ。
だけどこの作品が撮影された当時の映画業界で、主役の「眼」に照明をあてないなんてのはありえないくらいのご法度だったのである。
そりゃそうだ、役者は目でだって演技するんだから。
でもそんなご法度などどこ吹く風とばかりに、バチッと決めたコッポラ監督。そして今の映画業界的には、こういうライティングもかなり普通になっている。
ゴッドファーザーなんて、まさに光と闇。
強調された目に見える部分が伝える力が増す一方で、見えない部分がより一層の物語を、観ている者に印象づける。
上の「聖マタイと天使」なんて、いったいそこで何が起こって、マタイはどう思っているのか、なんてことは何ひとつ語られてはいない。
それなのに、
なにかとてつもないことが起こっている!!
……ような物語を勝手に想起してしまう。
僕の場合、それはひとえにゴッドファーザーのせいなのだった。
ひょっとして順序が逆??? |