14・おみちょ探訪

 

 夜の近江町市場などを散策しつつも無事に宿にたどり着いた我々は、ぐっすり眠って快適な朝を迎えた。

 前夜の酒肴の記憶がただちに蘇る。
 寝ている間に見た夢よりも、現実の方が夢のようってのはどういうことよ……。

 今日も一日、夢よりも夢のような時間が待っているに違いない。

 一応天気予報は気になるので、部屋のテレビを点けてNHKを見る。

 するとローカル時間枠で、こういう情報が流れていた。

 金沢から日本各地へ向かう遠距離鉄道の空席情報。

 道路交通情報とか航空便の空席状況ってのはNHKのニュース枠で目にしたことはあったけど、特急の空席案内なんてのは初めて目にした。

 翌日このサンダーバードに乗る予定の我々にとっては、当たらない天気予報よりも遥かに有難い情報だ。

 さて。
  
 この日は午前中に近江町市場、人呼んで「おみちょ」を探訪する予定にしている。
 ただし目当てのお店がどれもこれも9時から9時半くらいに開き始めるようだったから、朝はゆっくり過ごすことができた。 

 何度も触れているとおり、我々は1日のすべてを夜の酒に懸けているため、お昼に満腹になってしまわないよう、早い時間に朝昼兼用の食事を摂るようにしている。

 若い頃なら昼に満腹になっても夜もなおOKだったのだけど、さすがに数々の反省を繰り返し続けた結果、ようやく己を知るようになっているのだ。

 といいつつ、この日も朝から飲むつもりではいた。
 昨日寄らせてもらった山さん寿司を再び訪ね、今度はお好みでいくつか握ってもらいながら飲む、という案もなかなかに魅力的だったものの、綺羅星のごとくあるお寿司屋さんの中には、ネタの種類の豊富さを謳っている回転寿司屋もあった。

 廻る寿司屋にはいささか抵抗がある僕ながら、ネタの種類を楽しみながら飲むんだったら、むしろ便利かもしれない。

 というわけでこの朝は、廻る寿司をメインイベントに据えつつ、おみちょを探訪しよう。

 「これは真剣に寒いかも……」と震えた前日早朝に比べれば、外気はさほど寒くはない。

 当然ながら、雪はない。

 防寒という意味では無敵のスノーシューズながら、雪のない世界で履いているというのは、水深30センチのタイドプールで遊ぶためにわざわざタンクを背負っているようなものかもしれない……。

 すでにもう何度目になるのかわからないくらいに歩いた百万石通りをテケテケ歩いておみちょを目指すと、15分ほどで到着。

 前日ある程度プラプラしてみたので、市場内の様子もだいたい見当がつく。

 市場では、今が旬のズワイガニが、そこらじゅうのお店でこれでもかというほどに売られている。

 さすがにここでドドンとズワイガニを購入するわけにはいかなかない。
 でもメインイベントの廻る寿司のほかにも、「これだけは食べておきたい」と思っていたものがいくつかあった。

 その一つがこれ。

 どじょうの蒲焼。

 どういうわけかこのあたりでは、どじょうの蒲焼がウナギの蒲焼よりも消費されているほどに名物だそうで、各お店ではどじょうの蒲焼がオブジェのようになって売られている。

 明治後からこのあたりの名物になったというどじょうの蒲焼。
 百万石も採れる田んぼがあった昔なら、それだけどじょうもたくさんいたってことだろう。

 ちなみに現在は、当然ながらほとんどが県外産だそうな。
 ひょっとするとその産地は、「駒形どぜう」が使用しているどじょうと同じかもしれない。

 1本120円とほどよいお値段で、1本単位で買えて、そのまま市場内で食べ歩くことができるというから、それは食べておかなきゃ。

 これでアツアツ状態だったらまた違った味になるのか、そもそもどじょうの蒲焼は冷えているものをいただくものなのか、それはわからない。
 とにかくもう片方の手に酒を持ちたくなってしまう串焼きではある。

 美味しかったので、このあとさらに蒲焼を売っているところを通りかかっては1本ずつ、結局合計3本食べてしまった。

 一方、練りに練った僕のピックアップリストとは関係なく、ここでもやはり、その場その場のフィーリングで我が道を行くオタマサの琴線に触れたのがこれ。

 おからまん1個150円也。

 豆腐と湯葉の店「しば田」さんで売られている、おからスイーツだ。

 お腹が膨れてしまっては一大事、というのはどちらかというと僕よりもオタマサの方に顕著だというのに、あえてこういうどちらかというとガッツリ系を選ぶところが素晴らしい。

 豆腐も湯葉もどれもこれも美味しそうだったものの、いかんせん旅先にある身。この場でいただけるこういうものしか買えない我々である。

 それもたった1個だというにもかかわらず、おねーさんは優しく応対してくれる。

 さっそく食べてみると、実にボリュームたっぷりの、これ1個で充分食事になるほどの量と、そして豆腐屋さんならではのホントのおからの味がうれしい一品だった。

 そして。
 この日この時この場所で、最も食べてみたいと思っていたものがある。

 それは「近江町コロッケ」というコロッケ屋さんで売られている品だ。

 コロッケ屋さんなので、どれもこれも右から左まですべて食べ尽くしたいと思うほどの数々の種類がズラリと並んでいる。
 そんななかでもとりわけ人気を誇っているのが……

 甘海老コロッケ。

 さすがご当地、コロッケの具に甘海老が!!

 是非食べねばならない。
 これはもう、旅行前からマストだったのだ。

 逸る心を抑えつつ、甘海老コロッケを求めて市場内をうろつきまわり、ようやく近江町コロッケさんにたどり着く。
 しかし時刻が早いため、甘海老コロッケはまだ揚がってなかった………。

 揚がるまでに30分ほどかかる、と店のお兄さんが教えてくれた。

 30分かぁ……じゃあ、そのあたりをまたブラブラしてきます。

 するとお兄さんは、

 「この先にもう1軒あるので、そこだったらもう揚がってるかもしれません」

 え??

 他所の店を紹介してくださるの???

 一瞬驚きかけたら、そうではなかった。
 この近江町コロッケさんは市場内に2店舗あって、本家はもう一方のお店なのだそうな。

 お兄さんに礼を言い、すぐさまもう1店舗を目指す。
 ホントだ、もう一軒別の店舗があった。
 はたして甘海老コロッケは……

 「あと5分くらいで揚がりますよ」

 おお、なんと気を持たせるのだ、甘海老コロッケ。
 5分ならここで待っていても大丈夫なので、しばらく待機。

 そしてついに……

 揚げたての甘海老コロッケゲット〜〜〜〜!!

 さあ、さっそくお姿を拝し奉ろう。

 おお、この挑戦的な衣の揚がり具合。
 口に入れる前からパン粉がはじけそうな気配が漂っている。

 さっそく一口。

 う……………旨ッ!!

 しかも驚いたことに、甘海老の尾が、その姿を留めたままコロッケの中に佇んでいるではないか。

 これがまたなんともゼータクなことに、1個のコロッケの中に5、6尾は入っていたような気がする。

 甘海老コロッケっていったって、すり潰した甘海老風味の何かが混ざり合ってるだけなんじゃね?といった疑心は卑しい小市民の心でしかなかった。

 1個260円となるともはやコロッケのスケールを凌駕したお値段ながら、モノもお味も値段以上にコロッケのスケールを凌駕していた甘海老コロッケ。

 ああ、夜にすべてを懸けている人生でさえなかったら、今この場で100個くらい食べて悶絶してみたいところなのに……。

 こうして、ご当地の甘海老文化に打ちのめされかけた我々に、さらなる衝撃が待ち構えていた。

 それはとある鮮魚店の店頭のこと。
 なにやら試食にしては大掛かりなスペースで、いつでも食べてください状態になっているウニが並んでいたのだ。

 その周りには、牡蠣やら各種海老やらが陳列されており、その各種海産物の間にこのような案内が。

 え?この場で食べてOKなんですか!?

 そしてここには、こんなエビの姿も!!

 この……この、フシウデサンゴモエビのようなフォルムをしたエビ、これは……

 鬼エビ!!

 別名ガタ海老とも呼ばれるこのエビちゃんもやはり、ガスエビと同じく地元でしか味わうことができない地物中の地物である。

 昨オフの築地でチクチクウニウニ星人になってしまった僕ではあるけれど、ここでこの鬼エビを食べずになんとする。

 というわけで、居並ぶウニには目もくれず、特大鬼エビ卵付きをいただきます!!

 奥の暖簾に「こだわり男気市場」なんて書いてあるとおり、きっぷも手際もいい江戸前の兄ちゃんが、テキパキと用意してくれた鬼エビはこんな感じ。

 なんだか「ゴン太君」のような顔つきの鬼エビ、写真じゃわかりづらいけどけっこうでっかいから身もまた大きく、これがあなた……

 超絶的激ウマッ!!

 甘海老には無い何かが、そしてボタンエビとは違う何かが間違いなくある鬼エビの実力。

 その「何か」がなんなのかは永遠の課題かもしれないけれど、ともかく地元でしかいただけない地元の味は、ウワサにたがわぬ絶品だ。

 ちなみに味噌もたっぷりでしかも美味い。
 身も味噌も、たった1匹というのに、2人で分け合って食べてもすっかり満足のいく分量である。
 いやはや、これはもうここに地酒のワンカップを持ってきて宴席にしてしまおう!!ってなくらいの人生的ヨロコビだ。

 あー、市場でこんなにシアワセになってていいんでしょうか……。

 エビカニは食べるのも大好きだとおっしゃるゴッドハンドO野さんにも是非食べてもらって、その感想をうかがってみたいところである。

 O野さん、金沢へGO!!

 そのほかえび団子の串なども堪能したあと、市場にはデザートまで用意されていた。

 近江町市場には青果店もたくさんあって、昔から地元の方々がバナナを買い求めてきたような果物屋さんもある。

 そんな市場の果物屋さんであるフルーツ坂野に、その場でいただけるオレンジジュースが売られているのだ。

 廻る寿司屋の後、立ち寄って見た。

 これ、オレンジにストローをただブスッと刺しているだけではもちろんなく、くり抜かれた穴から中身をジュース状にしてあるもの。

 観光的な関連性がオレンジと金沢にあるように思えないものの、この市場ではけっこう有名な商品になりつつあるようだし、なんといっても売り場のおねーさんがカワイイ。

 購入動機はそれだけで十分なのである。

 朝のうちは客足もまばらだった市場には、廻る寿司屋さんを出た頃には大勢のお客さんでにぎわっていた。

 保冷バッグを抱えつつ買い物をしている方々も多い。
 たしかにこれほどの品揃えとなれば、あれもこれもそれもどれも買って帰り、しばしの間ダハダハダハ…とシアワセに浸ってみたいところではある。

 翌日すぐに沖縄の家に帰る予定であれば、その作戦も実現可能だったのだが……。

 さてさて、そろそろお待ちかねの廻る寿司屋さんが開店する時刻だ。

 いい感じで酒待機態勢になってきたことだし、そろそろ朝酒といくことにしよう。