サファリとはスワヒリ語である。
てっきり動物を見ること自体をサファリというのかと思いきや、本来は「旅」という意味らしい。だから、ちょっと那覇まで飲み会に…ってのもサファリだし、大阪の実家まで行くのもサファリなら、アフリカまではるばるやってくるのもサファリなのである。
それがサバンナの場合、動物を見るために出歩くのがサファリということになる。
日本語に溶け込んだ「サファリ」は、かなり限られた意味でしか理解されていない。
我々観光客が、野生動物を求めてサバンナを回ることを、特にゲーム・サファリというらしい。
ゲームといっても、誰が何を見たってことを競い合うわけではない。
先に触れたとおりサバンナにあるロッジでのサファリは、動物たちが活発になる早朝と夕刻に合わせて行われる。
活発という意味では、夜行性の肉食動物のハンティングシーンなどは夜中なのだから、夜もあるのかというとそういうことはない。保護区内では日没後の車の走行は禁じられているからだ。
ロッジの宿泊料金はこの毎日のサファリがセットになっている。
そのほかオプションとして、車とドライバーの貸切とか、ウォーキングサファリ、マサイ村訪問、そしてよそのロッジ主催ではあるもののバルーンサファリなどなどがあるけれど、それらは別料金になる。
我々が興味を引かれるオプションもあるにはあるが、まずはノーマルに行ってみて、そのうえで決めようということにした。
我々のサファリデビューとなる本日午後からのサファリは、3時出発だった。
その前にロビーに集合し、割り振られた車にそれぞれが乗って出発する。客の割り振りは、ちょうど我々がシーズン中にゲストを班分けしているのと似たような感じで、空いている限り、僕たちのような個人客が、農協オババ的団体に紛れ込まされるということはないようだ。
サバンナを駆け巡るサファリカーは、このムパタロッジの場合は現在トヨタのランドクルーザーである。やはりなんだかんだいってさすが世界のトヨタ、壊れないに違いない。
先に触れたとおり、天井はまるで石川五右衛門に斬鉄剣で切られたかのようにポッカリ開いている。
基本的にゲストは1台につき多くても6名までのようだった。左右どちらからも眺められなくなる真ん中の席は使えないのだ。
だから座席はどこでも同じようなものなのだが、ドアの開閉度ということでは一人で窓を独占できる運転席のすぐ後ろの席が最も便利だろう。その後ろ2列はスライド式の窓だから、前後で分け合わなければならないのだ。
分け合わなければならない後部2列のうちなら、最後部のほうが便利だ。3人掛けの座席だから、真ん中に荷物をいくらでも置ける。
……ま、これはランクルの場合だから、普遍的情報ってわけじゃないけどね。
我々が割り振られた車は、空港からロッジまで送ってくれたヘンリーの車だった。
助手席には動物発見係なのか、もう一人スタッフが乗っている。
ガイドドライバーと助手席のスタッフと、どちらが職業的に「エライ」のかよくわからない。一見、ドライバーのほうが歴戦のベテランなのかという気がしなくもないが、クロワッサンにやってくる賢明なゲスト諸氏の中には、違いのわかる男のほうがオーナーだとご滞在中長く信じていた人がいるくらいだから、人を見かけで判断してはいけないかもしれない…。
ヘンリーが陽気に自己紹介をして彼は車を発進させた。
…と思ったら。
さきほどまで今にもこぼれそうだった鉛色の雲が、ついに我慢しきれず大粒の涙を……。
サファリカーの最大の特徴である天井大開き大サンルーフは、こういう場合最大の弱点となることをいきなり知った。
ポツポツならともかく、けっこう本気で降ると、車内には逃れるスペースが無くなる。
こういう場合に備え、車にはテント生地のシートが用意されている。
発進して早々に車を停め、ロールされたシートを屋根に張り巡らせるヘンリーたち。
なんてことだ、さっきまであんなに晴れていたのに……。
こういう場合、ダイビングでもそうだけど、雨だからといってうんざりしていても始まらない。
潜る阿呆に見る阿呆、同じアホなら潜らにゃ損損…
なんて歌いながら船上でテンションを高くするのと同じように、ヘンリーも妙にハイだった。
ま、乾季に滅多に経験することができない雨なのだ。そういう意味ではラッキーかな??
……それにしても寒い。
赤道直下らしい日差しがこうして雲に閉ざされると、途端にあたりは標高1700m以上の実力を発揮し始めてきた。
なにしろほぼ赤道直下でありながら、キリマンジャロは年中雪を湛えているのだ。1700mほどならさすがに雪とは無縁ながら、人に寒さを感じさせるには充分すぎるほどに冷え込んできた。
まるっきり「氷雨」だ。飲ませてください、もう少し……。
雨のサバンナを車は走る。
同乗しているゲストは、すでにもう数日滞在しているというカップルと、同じくすでに何度かサファリを経験している女性二人連れ。
うーん、ベテランダイバーゲストに混ぜられたビギナーダイバーの気分だ。
だって、ロッジを出てすぐに見られるシマウマやインパラ、そしてバッファローを見て僕たちが感動していても、それらはもう彼らにとってはツノダシなんだもの。
ダメですよみんな、初心を忘れちゃ!!
などと冗談を言っている間に、ランクルはオロロロゲートに到着した。
国立保護区内に立ち入る道路ごとにゲートがいくつもあって、我々のロッジから保護区内にいたる道にはこのオロロロゲートがある。そこには公園を管理するスタッフやレンジャーが宿泊する、兵舎のような施設があった。
そこでドライバーが簡単な入園手続きをするのだ。
ちなみに、国立公園や保護区に入るには毎回入園料が必要だが、それらはツアーの場合はすでに支払い済みになっているからゲストは特に面倒はない。
さあ、ゲートを通ればいよいよマサイマラ国立保護区だ!!