31・2月4日

象のウンコは軽かった

 心配した朝食は、サムソンが言ってくれたとおりにちゃんと準備されていた。
 よく考えると、すでに4泊しているのにこれまで僕たちはまだ1度しかここで朝食を食べていなかった。

 フムフム、やっぱりオムレツは白い。

 この日は久しぶりにお昼を挟んで時間がたっぷりある。
 散歩も昼寝も思いのままだ。
 すでに敷地内のあらかたを制覇していたので、島を散歩するような気分で気軽に散策できた。

 ロッジ内には小さなお土産屋さんがあって、ゲストがサファリへ行っている時間帯以外の時間に開いている。
 このお土産屋さんのオネーチャンがまたかわいくて、ジャストウォッチングなだけの我々にも実に優しく声をかけてくれていた。
 我々の滞在も終盤となったので、そろそろお土産を買わねばならない。
 オトナのみなさんにはなにか適当に食材を見繕えばそれでいいけれど、さんざん行ってくると言い残してきたキッズたちには、ある程度気を利かせたいところだ。

 キッズたちといえば、昨日キッズたち宛てで水納小中学校に絵葉書を出しておいた。
 本当は広い風景の写真がよかったのだが、希望する写真はなかったのでゾウさん親子の写真を選び、裏にサバンナを歩くキリンさんのシルエットの絵を小さく描いてみた。
 お土産屋さんのデスクに備え付けてあるエアメール用の箱に投函しようとすると、僕の絵を目ざとく見つけたお土産屋のオネーチャンは、

 「まぁ、ステキな絵!!あなたが描いたの?」

 つぶらな瞳をキラキラさせながら僕に問う。
 そうだよお嬢さん、僕が描いたのさ!

 オネーチャンはさらに瞳をキラキラさせ、僕をじっと見つめる。
 そんな……。ダメだよお嬢さん、僕には大事な妻がいる……
 ……と言おうとしたら、

 「あの……切手代が必要なんですけど……」

 ありゃ?
 あそっか、タダでは届けられないよねぇ、エアメールは……。
 (ちなみにこの絵葉書は、僕たちが島に帰ってから数日して学校に届いた。)

 そんなステキなオネーチャンがいるお土産屋さんの売り上げに貢献しなければならない。
 あれもそれもこれもどれも今夜買うことにしよう。

 僕の絵ほどではないけれど素敵なランチを楽しんだ後、いつものように昼寝をした。
 人生史上最高に気持ちよかったこの昼寝、今日でついに最後だ………。
 ゾウさんやキリンさん、ライオンにチーター…彼らに会えなくなることよりも、この昼寝ができなくなることがこのうえなく寂しい。
 存分に天国を味わうことにしよう。
 今日はなにしろいつもよりも圧倒的に早く起きているから、いつにもましてのび太なみの早さで天国にいけた。
 ……というか、この心地よさというのはまどろみの中にこそあるのであって、あまりに爆睡しすぎるとあっという間に終ってしまうのだった(哀)。 

 午後のサファリはまたしてもヘンリー&デビットコンビだった。
 昨日渡したパンフレットをヘンリーはいろんな人に見せていたらしく、午後の出発前にロビーにいると、マツオカさんからも島について訊ねられた。そこへヘンリーが来たのでさらに念を押した。

 「ヘンリー、ネクストホリデーはここだよね!」

 「イエス!」

 本当においでよ!

 ヘンリーの車へ向かう途中、彼が尋ねた。

 「バルーンサファリはどうだった?」

 「Our baloon did’nt fly!!」

 笑われた。
 そこへやってきたデビット。

 「ヒャッヒャッヒャッヒャッ……バルーン飛ばなかったって?フヒャヒャヒャヒャ!!」

 「笑う?笑うのかデビット??」

 「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……昨日ユーはとてもラッキー、だけど今日はアンラッキー。ヒャッヒャッヒャッヒャ………」

 とても楽しいらしい……。
 クソー、「人間万事塞翁が馬」を英語で言えたらなぁ!!

 この午後のサファリでもまたライオンに会った。
 母子のそばに立派なオスがいる、いわゆるコンプリートの群れである。相変わらず子供たちはかわいい。
 ライオンの子は抱っこしたいほどにかわいいけれど、その後に出会った若いライオンたちは違った。

 例によって午後のライオンは怠惰に寝そべっていた。ところが、望むような日陰がなかったためだろうか、静かに近づいた我々の車が作る日陰に、若いライオンたち2頭が近寄ってきたのだ。
 思わず開けていた窓を閉めるKさんの奥さん。
 たしかにすんごく近い!!
 これって、身を乗り出したらきっと食われるんだろうなぁ……。


 
車が作る影に入り、ギロリと僕たちを睨んだ

 車が作るわずかばかりの日陰に身を置いた若い雄ライオンの目は、隙さえ見せればただちに襲い掛かってきそうな殺気に満ち満ちていた。
 たとえ寝そべっていようとも、ライオンはやはりライオンであるようだ。
 普段は陽気なヘンリーコンビも、さすがにこの時はビークワイアット状態だった。

 この殺気を感じていたのか、車を挟んでライオンと反対側にいたウォーターバックたちが、みな緊張した面持ちでこちらを凝視していた。

 怠惰に見える昼間のサバンナであっても、やはりそこは野生の世界、息もつかせぬ張り詰めた何かがある。

 そこから少し離れたブッシュに1頭でいるメスライオンが、なにやら怪しげな声を一定のリズムで発していた。
 けっして吼えているわけではなく、どうやら先ほどの若い雄ライオンたちとのコミュニケーションであるらしい。初めて聞くライオンの声は、地の底から湧いてくるような太い太い声だった。

 さらに行くと沼地があり、そこで遠目にもそれとわかる鳥が2羽たたずんでいた。

 クラハシコウである。
 アフリカハゲコウ同様、コウノトリの仲間だ。ハゲコウに比べればなんとなく気品を感じさせるたたずまい。ちなみにこの近くに灰色のサギのような鳥もいて、フムフムと我々は観ていたのだけれど、朝この場所に来たゲストの方がおっしゃることには、朝もこうしてクラハシコウとサギがセットでここにたたずんでいたらしい。
 ひょっとして置物??
 んなわけないか…。

 このあと、珍しくマラ川沿いに立ち寄った。
 先日のヒッポプールのような整えられた観察場所ではないものの、やはりカバやワニがいるところであるらしい。
 皆を車から降ろす前に、デビットが一人降り立ち、あたりの安全を確かめる。
 フム、さすがプロ、普段はふざけているけれどやるときはやるのであるな。

 デビットが安全を確認し、我々も川沿いの土手に行ってみた。

 おお、いるいる。たくさんのカバだ。
 真ん中に浅瀬があるのか、川の中ほどでカバたちがほぼ全身を露にしていた。
 その近くにアリゲーターもいる。
 ウムムム、でかい。

 こういうヤツが土手の上までやってきているかもしれないから、デビットは安全を確認しに行くわけか。でも、もし彼が襲われたりしたら…
 ヒャヒャヒャヒャヒャ…って笑ってやれたのになぁ!

 この川沿いは木々がけっこう茂っているところで、2台分のゲストが降り立っていた。
 もう一台もムパタの車で、ゲストはケニア人家族だろうか、すんごくかわいいちびっ子2人を連れた親子だった。すでにロッジで意気投合していたのか、ヘンリーがその子を丁寧にガイドしていた。
 するとデビットが近づいてきて、なにやら言う。

 「ユーもワニみたいに泳ぐのか?」

 へ?
 あ、彼もヘンリーから我々の仕事を聞いていたのだな。

 「いいや違う、だって僕にはしっぽがないもん」

 ヘンリーもデビットも、やたらとそういう話をしてきた。やれここで潜ってみるかとか、カバと一緒に泳ぐかとか。やっぱり「ダイビング」ってこと自体にけっこう興味があるんだろうなぁ。
 そうやってカバやワニをさんざん見た後、ヘンリーがやけに真顔で僕に尋ねた。

 「ユアワイフはどこに行った?」

 え?
 どこって……ここにいるけど…。

 しゃがんでカバを観ていたうちの奥さんが見えなかったらしい。

 「すまないヘンリー、彼女はとっても小さいんだ」

 一同爆笑。
 ちなみにうちの奥さんはマサエという名なのだが、これをアルファベットで書くと、マサイと一文字違いになる。だから自己紹介するときなどにたびたび「Not Masai」というと、これがけっこうケニアの人たちに受けた。

 この川沿いの林から車に戻るとき、やけに大きなウンコらしきものが足元にあった。
 これはカバのフンかな?

 「いや、これはゾウのだ」

 ヘンリーが教えてくれた。
 おお、ゾウのウンコか!
 触っていいというので、持ってみた。
 乾いているからとっても軽い。
 このゾウのウンコは、燃料としてもなかなかのものだそうで、着火用としてすこぶる能力を発揮するほどに燃え上がるという。
 こんなに軽いのならさぞかし便利だろうなぁ。

 この日もおなじみのゾウさんやキリンさんに会い、例によって151番のチーター母子にも出会った。こうも連日会い続けると、さすがに情が移るというものだ。ただの「チーター」ではなく、一つの人格になってくる。
 がんばれ、151番!!

 151番母ちゃんもさることながら、この日午後のサファリで最も印象的だったのはこのシーンだった。

 

 ハイエナの授乳シーンである。
 チビハイエナのかわいいこと!!
 そして、母ハイエナのこのシアワセそうな表情。
 我々は、ハイエナに持っていたイメージを根本的に払拭しなければならないようだ。

 ハイエナのおかげでなんだかとっても暖かな気分に浸りつつ、この日のサファリは終了した。
 ヘンリー、今日もありがとう。

 昼間に物色しておいたお土産を購入したあとは、いよいよムパタでの最後のディナーだ。タスカービールでの乾杯を、あと何度できるだろうか……。
 滞在序盤はほぼ日本人だけだったゲストは、いつの間にやら国際色豊かになっていた。
 先ほどのケニア人らしきご家族をはじめ、アラブ系の人や白人のゲストもけっこういる。

 ディナーのメインは大好きなラムだったので、昨夜に引き続き調子に乗っておかわりすると、ウェイター氏は気を利かせて最初よりも量を多くしたものを、笑いながら持ってきてくれた。
 もはや我が家のようなといってもいい居心地のよさだ。
 居心地良く飲める場所を居酒屋というのであれば、たとえフランス料理のコースとはいえ、ここはもはや僕にとって居酒屋といってもいいだろう。

 滞在中ずっと暖かかくもてなしてくれたラハダちゃんとも明日でお別れである。
 ラハダ、昨日僕が約束したこと覚えてる?

 そう、ささやかなプレゼントを渡すって言ってたでしょ。
 はい、これが僕たちからのプレゼント!

 そういってうちの奥さんのバックから出したのは、うちの奥さん手製の花模様のとんぼ玉だ。
 ケニアは知る人ぞ知るビーズアクセサリーの盛んなところで、とんぼ玉も素材の一つとして利用されているということを知っていた彼女は、マサイ村を訪問する機会があれば、マサイの女性にプレゼントするつもりでいくつか持ってきていたのである。
 マサイ村には結局行く機会がなかったから、とんぼ玉はまるまる残っていた。せっかくだから、お世話になった人たちにプレゼントすることにしたのだった。

 ラハダちゃんはとっても喜んでくれた。
 ありがとう、ありがとうと言ってくれる。そういうときの返事は、君のおかげでもう覚えたよ。

 「カリブ。」

 ああ、楽しかった夜のひとときはこれで最後かぁ……。
 みんな、ありがとうね。アサンテ!!