1・プロローグ
我々が学生時代に所属していた琉球大学ダイビングクラブのOBは、実に様々な職業に就いている。 そんなOBの1人である先輩が、つきあいのある宮古島のウミンチュと仕事か何かで高知を訪れた時のこと。 おそらくは戻りガツオが旬の時期だったのだろう、土佐のカツオを一口食べたそのウミンチュは、衝撃とともに思わず叫んだという。 「くりやカチューやあらん!(これはカツオじゃないッ)!」 沖縄のカツオは内地の戻りガツオのように脂がノリノリになることはなく、いわば年中初ガツオのようなものだから、彼にはまったく別の魚に思えたのだろう。
今さらいうまでもなく、我々が暮している水納島が属する本部町は、県内屈指のカツオ処である。 なので昔からカツオは我々にとっても馴染み深い魚のひとつで、刺身はこれまでにかれこれ1万匹分くらいは食べているかもしれない。 でも先輩から宮古のウミンチュのそんな話をうかがって以来、 土佐のカツオも食べてみたい… と淡い夢を抱くようになっていた。 とはいえ脂ノリノリという戻りガツオの旬に旅行するのは、今の仕事を引退しないかぎり到底無理な話。 だから長い間ペンディング状態が続いていたのだけれど。 築地市場を訪れて鮮魚にハマってからというもの、どうせなら現地で…というのが、年に一度の自分たちへのご褒美旅行の趣旨になっている、ということはみなさんご存知のとおり。 となれば、なにも戻りガツオの旬じゃなくたって、現地ならではの美味しい魚がたくさんいるんじゃなかろうか、と思い直した途端、高知に行ってみたいという機運がにわかに高まってしまった。
これまで旅した場所で、再訪したいところはたくさんある。 戻りガツオの旬じゃないという理由で、これまでは「クロワッサン行ってみたいところランキング」の上位に出てくることがなかった高知県ながら、オタマサの出雲大社に行ってみたいという長年の夢を蹴散らした高知県は、昨シーズン終盤になって、大外から一気にトップの座に躍り出てきたのであった。 冬の高知。 そこにはいかなるものが待っているのか。 いかなるものが待っていようとも、脂ノリノリの時期ではなかろうとも、なにはともあれカツオは食べられるんだろうか? 調べてみると、なんだかシーズンを問わず、高知ではいつでもカツオを食べているような雰囲気がある。 ウワサに聞くタタキが食えない、なんてことはないらしい。 であれば、本部産のカツオと直接対決してみよう! そこで旅行前に、まずは本部町に数多ある鮮魚店のなかでも、カツオに関しては右に出る店は無い(と我々が勝手に確信している)上間鮮魚店にてカツオの刺身を購入。 これが……
めちゃウマ。 たとえ沖縄産であっても、サ○エーなどでヘタなモノに当たると、逆の意味で「これはカツオじゃないッ!」と叫びたくなるほどとんでもないものだったりすることもある。 それを召し上がった県外の方に「沖縄のカツオ」とは思われたくないなぁ…。 カツオを美味しくいただくには、産地うんぬんではなくて、その魚を仕入れて店頭に並べているヒトの「目利き力」がとても大事なのだ。 その点上間鮮魚店の店頭に並ぶまでのハードルはものすごく、ひとたび店頭に並んだカツオは絶対にはずすことはないと断言しておこう。 とにかくこの時のカツオは、いつも以上に美味しかった。 なんだかもう、こんなに美味しいんだったら、なにもわざわざ高知まで行かなくていいんじゃね? いやいや、いまだ知らぬ土佐のカツオ、宮古のウミンチュのような衝撃とはいかずとも、「ご当地」を味わってみたい。それが旅行というモノだ。 ところで。 高知県には、カツオ以外にいったい何があるのか。 大阪に住んでいた子供の頃、「近畿地方の天気予報」のコーナーには、必ず四国の香川・徳島もオマケのように入っていた。 ところがすぐそばの高知県は、いつもナゾの地域のまま。 そのミステリー感は、鳴門の牙の異名を持つ土佐丸高校の超剛速球エース、犬飼小次郎なみだったといっていい。
その頃から大して変わっていない、ワタシの高知のイメージ。 しかしそこでハタと思い出した。
そうだ、高知県には柏島がある! 当店ゲストのなかにも足繁く柏島を訪れている方が多く、なかには四万十川で開催される100キロマラソンを走っている方もいらっしゃる。
高知って、なにげにメジャーな場所なのかも。 実際いろいろ調べているうちに、ワタシはすでに10回くらい行ったことがあるかのような気分になってしまうほど、高知の観光情報を得るのはたやすかった。
高知は日本酒も旨いらしい。 おかげで、最初は何も知らなかったくせに、あれを食いたいこれも食べたいあそこに行きたいここ行きたいと言っているうちに、気がつけば早くも行き先も旅程も定まっていたのだった。 |