15・久礼大正町市場
須崎市をあとにした我々は、中村街道でさらに西を目指す。 やがて中土佐町に入ると、ほどなくしてたどり着くのが久礼の町。 いつのまにやらお気に入りのお酒になっていた「久礼」の故郷である。
しかし我々は銘酒「久礼」を知る前からこの土地に注目していた。 那覇の公設市場のようなイートインシステムを備えた鮮魚店が有名で、カツオを買うならココで買えというほどに、いつも大勢の客でにぎわっているというのだ。 カツオを目当てに高知に来ていながら、久礼のスルーはありえない。 というわけで雨の中、やってきました久礼大正市場。
でも……早すぎたみたい。 漁港から水揚げされた魚が並ぶ市場とはいっても、早朝に水揚げされるわけではなく、市場に魚が届くのは11時頃からなのだという。 早すぎたので、界隈を散策してみることにした。 朝のうちに寄った仁淀川では、南海トラフ地震を想定した津波対策なのだろう、海岸という海岸が高い防波堤の向こうになっていたけれど、ここ久礼の漁港付近には避難用タワーが何ヵ所かに設けられていた。 それに登って町を見渡してみる。
谷あいの平地に、家々がひしめき合っていた。 右手奥にも、避難用タワーが見えている。
いつ来るかわからない津波への備えは、サバイバルのために必要なことだということはよくわかる。 ここから見る海には左右に港があって、右側が新しい港で、左側に旧来の港が、そしてもっと奥の久礼川のほうに行くと、さらに小さな港があるらしい。 そのあたりを散歩すべくタワーを下りると、すぐ近くに久礼八幡宮があった。
古式ゆかしき八幡宮のようながら、寒いし雨降っているしでスルー。 その目の前の海辺にあるのがこちら。
鰹の供養碑。
近海カツオ漁のメッカならではの立派な碑だ。 この供養碑の近くに、マンガ「土佐の一本釣り」の作者青柳祐介の像があった。 作者本人は現在の香南市の出身ながら、マンガの舞台はここ土佐久礼の町。 かなりのロングラン連載で、なおかつ映画化も何度かされているほどに有名な作品で土佐久礼のアピールに貢献してくれたということで、作者には80年に中土佐町から名誉町民賞が贈られている。 読んでいればこの土地への思い入れもまた違ったものになったろうけど、知っているのはタイトルだけで、1ページすら読んだことがなく、作者の名を知ったのはこの場だったりする。 そのまま海伝いに歩き、とりあえず久礼港タッチ。
双名島と呼ばれている、2つの小島が沖に見える。 この高さからだと防波堤が邪魔になるけど、先ほどの津波タワーからだと……
なるほど、往年のザ・ピーナッツかリンリン・ランランかというほどのツインズぶり。 このタワー、こうして上階から見渡せばかなり眺めがいいのだから、津波時避難用に特化した機能優先の無骨な存在にとどまらず、展望台的観光名所としてもっと有効利用すればいいのになぁ…。 ほどなく、外港と呼ばれている旧来の漁港にたどりついた。
晴れていればことのほかフォトジェニックそうな落ち着いた鄙の雰囲気が素晴らしい。 ホント、昨日までの青空はどこに行ってしまったんだ……。
天気を恨んでもしょうがない。 どの船もいたって静かなたたずまいなのだ。 季節外れだから、ひょっとしてカツオの近海漁は全面的にお休みなんだろうか? となると、市場に戻ってもカツオはないのかも。
氷雨の下でいささかさびしくなりつつも、漁港を眺めながら歩き続ける。
居並ぶ漁船群もさることながら、とても気になったのが、岸壁上に並んでいたこれ。
物干しがずっとこのように並んでいるのだ。 これって、漁具を干すため?それとも漁獲物を干すため??
とっても気になる。 やがていい時間になってきたので、再び大正町市場に戻ってみた。 入り口の看板は、旭日昇天の勢いでやる気に漲っている!
……でも市場は今一つ活気がな〜い。
この日は、お休みの店舗が多かった。
最初に来たときから元気よくオープンしていたイートイン鮮魚店の店頭も、期待したほどには鮮魚が並んでいなかった。
魚体同様、「地物」の文字が輝いている。 やっぱ近海カツオ漁のメッカ、季節外れでも水揚げはちゃんとあるんだなぁ。 この鮮魚店ではこうして魚を一本丸々販売しているほか、隣りの台ではほどよい量に盛られた刺身などがパック詰めで売られており、それを購入後お向かいの飲食店にてご飯とみそ汁の代金を払い、定食状態にしてお刺身をいただく、というシステムになっている。 ならば、このカツオが刺身になったパックは??
と期待に胸を膨らませたものの、ズラリと並んでいるパックは他の魚ばかり。 この時点で、ちゃんと店のヒトに訊ねておけばよかったのに!!
そろそろ昼時だし、他にも食事ができる店はいくつかあるので、牧志公設市場方式の食事は諦め、商店街内の別の食堂にお邪魔することにした。 もし高知に来て初めての食事であれば、それでもう大満足だったことだろう。 しかしエラそうにも仕方がないことに、ここに至るまでの3日間ですっかり舌が肥えてしまっている身では、漁港近くの市場の食堂に対する期待値が高過ぎ、食堂での食事は残念ながらインパクトなく終わってしまった。
それでもともかく腹はくちたので、落ち着いた気分であらためて市場を歩いてみる。 山積みされたカツオが、次々に捌かれているじゃないか。 漁港の船は静かなものだったのに、いったいどこから来たんだカツオ軍団!? あ、新港? にわかに活況を呈していたイートイン鮮魚店、飲食店側を見てみれば、いつのまにやら満席状態になっている。 我々が入っていた食堂は、最初から最後まで我々だけだったのに……。 まさかもう一度昼食を摂り直すなんてことはできないから、ここでは干物練り物が並んでいるところで、「くれてん」という練り物を購入するのみに終わってしまった。
ザ・カツオを求めてはるばる久礼までやってきたというのに、カツオ軍団を目の前にしてなすすべがないだなんて。 あのときちゃんと店の方に訊ねていれば、逃すはずなど無かったであろう大チャンス。 いつもだったら迷わず訊ねていただろうに、なんでだろう? これも久礼八幡宮に参ることなく素通りした天罰だろうか、それとも「土佐の一本釣り」を読んだことがないフトドキ者だからだろうか…。 ちなみに、ここから車で少し行ったところに、お気に入りになった土佐の銘酒「久礼」を作っている西岡酒造所がある……ということを知ったのは、これを書いている今この時になってからのこと。 けっこう見学者に門戸を開けてくれている酒造所らしく、おそらくは試飲も楽しめたに違いない。 ドライバーのためワタシはその場で飲むことはできずとも、酒造所ならではの逸品を購入できたかもしれなかったのに…… …と、振り返れば振り返るほど、残念度が増し、「くれ」が「くい」になってしまいそうな久礼大正町市場でのひとときなのだった。 あ、でも名物の「くれてん」はめちゃくちゃ美味しかった!!
久礼大正町市場での、美しい思い出のひとつです(笑)。 |