4・やまちゃんで市長
至福のかもん亭を出て、夜の追手筋を歩いてみた。 日中は圧倒された巨大な椰子の木も、夜にはすっかりシルエットとなり、煌々と灯る飲食店の看板が通りの主役の座を奪っている。
こういう大手飲食店ばかりではなく、少しスージィグヮーに入ればアヤシクもノスタルジックな昭和的ディープゾーンも。
様々な人生街道のありとあらゆる悲喜こもごもを呑み込み、そして吐き出してきたであろう味わい深い看板も数多い。 夜の新橋のような、突然目の前に現れる飲食店大銀河星雲というほどの密集度ではないけれど、通りという通り、筋という筋は、飲食店が人肌でひしめき合っているかのようだ。 そんな人肌の夜の街で灯っているのは、飲食店の看板だけではなかった。 城で持つ高知の街の夜は…
やっぱり城で持つ(追手門のライトは、肉眼ではもっと白く見えます)。 天守閣をこのようにライトアップする趣向はこのところ全国区になっているようだけれど、聞くところによると高知城のライトアップにも季節ごとのスペシャルバージョンがあるそうで、そういった取り組みも含めてのことなのだろう、高知城は2014年の「日本三大夜城」に選ばれたのだとか。 ライトアップされた城の価値観が後世に生まれようとは、創建者山内一豊も夢にも思わなかったことだろう…。
ちなみにこの高知城のライトアップ、あらゆる説明を見ても「夜10時まで」と紹介されている。 係の人もきっと飲んでいたに違いない。
夜に訪れる名所といえば、昨年の五島列島福江島で毎夜通った、石田城の蹴出門が記憶に新しい。
城を見ていると冷えてくる。
でも高知市内にいるかぎり、そちら方面で途方に暮れながら小股でソワソワウロウロする必要はまったく無い。 とりわけ冷えた体にありがたかったのはひろめ市場で、夜10時30分ラストオーダー、11時閉店だから、それまでなら暖房完備の市場内にあるお手洗いで、ゆっくりとダハ顔で用を足すことができる。 この夜も、城をしばし見てからひろめ市場に入ってみると、灯ともしごろ直前の閑散とした雰囲気とは一変、老若男女あらゆる世代のゴキゲンな酔っ払いたちが、それぞれのテーブルで楽しんでいた。 昼と違う夜の顔ということでは、こんもりした木々が茂っていたグリーンロードも負けてはいなかった。 昼間は緑豊かな通りには、夜になると……
屋台が出没。 その昔の高知市街は、かつては数多の屋台がひしめき合う屋台街だったのだそうだ。
ここグリーンロードは、今でもにぎやかな時には十数店出ているらしい。 そのうちの1店が、チャンスがあれば寄ってみたいなぁ…とおぼろげに思っていたお店だった。
やまちゃん。
しかしこの屋台、寒さ対策ではあろうけれど、入り口がどこなのか、外からはまったく不明である。 しかも、隙間から垣間見える雰囲気的には、1人の客の姿も見えない。
うーむ……なんて入りにくい店なんだ。
でもせっかくの旅行、しかも2軒目に寄ろうとすることなど滅多にない我々に、珍しく訪れたチャンス。 テントをめくってのそりと入店。
テント内は厨房を囲うようにL字カウンターがあって、座席数は10席といったところだろうか。 これで無愛想な大将だったらどうしよう…… ……という不安はまったくの杞憂だった。 当初は我々だけということもあって、見るからに観光客な相手には、高知の方なら必ず誰もが訊いてくれる(ということが後日判明した)「どこから?」から話は始まり、気がつけばすっかり大将と話が弾んでいた。 かもん亭ではカウンターに座らなかったから、店の方と話をする機会は注文時のにぃにぃとくらいだったけれど、このやまちゃんで我々は初めて気がついた。 高知の方々はお話し好きである。
けっして無闇やたらと話しかけてくるわけではなく、こちらがちょっと何か尋ねたりしたら、教えてあげずにはいられない!ってな勢いで、訊ねたこと以上の答えをいろいろと親切に教えて下さるのだ。 そして、高知の方々の「酒事始め」の年齢は異常に低いことにも気がついた(ある一定年齢以上に限られると思われる)。 やまちゃんの大将ときたら、(ご自身の)保育園の卒園祝いが最初の乾杯だったそうである……。 ま、近頃の若い人たちは酒を飲まなくなった、というのはここ高知でも同様のようだから、脱法乾杯文化は廃れてしまっているかmしれない。 そうこうするうちに、まるで我々が呼び水になったかのように、次々にお客さんが入店。 その間お願いしていたのは…
牛スジ(?)の煮込み。 これはカウンター前でおでんなどと並び、じっくり煮込まれた状態で待機している一品で、頼めば瞬時に出てくる小品ながら、味わい深さは関東三大煮込み級。 こういう逸品をいただけば、この屋台が持つ歴史も深みも体で味わうことができる。
お酒は瓶ビールと焼酎や日本酒があるようだった。 すると、お待ちかねの餃子ができあがった。
そう、高知の屋台は餃子がつとに有名なのだ。 餃子に一家言持っているわけでもなんでもない我々ながら、ここの屋台に来て餃子を食べずしてなんとする、というメニューをスルーするわけにはいかない。 さっそく実食。 おお、点天餃子を大きくしたような味わいは、ビールにジャストマッチング! ニンニク大量消費国土佐に、中途半端な餃子は存在しないに違いない。
こういう屋台で餃子といえば、もちろんラーメン。 迷わずオーダー。 カウンターの隣に並ぶお客さんたちも頼んでいたので、テキパキテキパキとラーメンが用意されていく。 手さばきを撮らせてもらっていいですか?と訊ねると、照れながらも快諾してくれる大将。
そして登場、これがニンニクラーメンだ!
見た目はあくまでもごくフツーのラーメンだけど、これはあなた、最初からやる気モードが火だるま状態になって出てきたようなものですぜ。 わりと腹一杯感だったから一人前平らげられるかどうかやや不安だったくらいなのに、結局ウマイウマイと言いながらスープまで完食。 やっぱシメはラーメンだぜ!!
カウンター席に座っているお客さんたちは、漏れ聞こえる話の内容からすると、みなさん県外、市外からお越しの方々のようだった。 そんな客層にあって、我々の左隣りに座った紳士は、見るからに企業経営者風の身だしなみの方で、誤解を恐れずに言うならこういうお店に足を運ぶタイプのような方には見えなかった。 それでも、入店早々に「お酒は何があるの?」と訊ねておられたところをみると、酒飲みであることは間違いなさそうだ。 で、ビールとともにラーメンを召し上がっていたその紳士。 でもそこはそれ、高知の飲み屋でカウンター席に座ったら、沖縄風に言うならイチャリバチョーデー、土佐風にいうなら「おきゃく」の文化、酒場で会ったらみな兄弟、普通に会話が始まる。 気がついたらいつの間にか沖縄の話になっていて、興味深げに話しかけてこられたその紳士、実は…とばかりに明らかになったその正体は、なんとなんと……
高知県は須崎市の市長さん!(楠瀬氏) 寡聞にして世間を知らない我々が、高知市の少し西にある須崎市のことなど鍋焼きラーメン以外何も知るはずはないのだけれど、この週末に迫る(当時)名護市長選と絡めていろいろお話をうかがっただけでも、この楠瀬市長が須崎市のために頑張っておられる様子が充分うかがえた。 行こうと思えばいくらでも豪勢な夜を過ごせるはずなのに、こういうお店で一人静かにしっぽりとビールとラーメンを召し上がっているんだもの、巷に溢れる「政治屋」どもとは一味も二味も違うことだけはたしかだ。 ところで、上の写真で市長が手にしておられるのは、リンク先のページの写真でスーツの襟につけておられるピンバッジで、その名をしんじょう君という。 ニホンカワウソが最後に目撃された川、新荘川が市内を流れる須崎市のゆるキャラで、しんじょう君はなんと、2016年の全国ゆるキャラグランプリにて総合1位をゲットしたチャンピオンなのだ。 そんな須崎市が誇るしんじょう君のバッジを身に着けていた市長は、この出会いの記念にと、襟からはずしたピンバッジをオタマサにプレゼントしてくださった!!
見かけはただのピンバッジでも、市と市民の愛と誇りがたっぷり込められた重い重いピンバッジである。 以後ずっと、オタマサが上着の襟もとにつけていたのは言うまでもない。
ちなみに、カワウソのくせになんだかピエールって呼びたくなるような髪型に見えるのは、帽子をかぶっているから。
いやはや、須崎市。 市長、ピンバッジをありがとうございました。 …というか、屋台やまちゃん凄すぎ! まさか、意を決して入った屋台でこういう出会いが待っていようとは。 大将、ご馳走様でした!! ああ、大満足の夜。 旅行初日のことながら、もう今宵だけで終わったとしてもなんの不足もないほどだ。 しかし今宵は、もう一仕事待っている。 帰りがけにコンビニで翌朝用のおめざドリンクを買い求め、ホテルに帰り着いた我々を待っているのは…… のれそれ。 なにそれ? これがそれ。
夕方に大橋通商店街の楠長さんで買ったのれそれとは、アナゴの稚魚のこと。 しかし何も知らずにこれを見て、アナゴのチビターレだなどとは絶対に気づけない。 シチリアでいただいたネオナータといい、仙台の朝市で買ったシラウオといい、このところ生稚魚づいている我々にとって、土佐のどろめとのれそれは、カツオとともにマストな食べ物だったのだ。 とりわけのれそれは、この数か月限定の幸であることはすでに触れた。 そののれそれが今、目の前に!! もちろん酒も用意してある。 とりあえずひろめ市場で手に入れておいた、「久礼」300ミリリットル瓶。
醤油もわさびも事前に完備、楠長のおんちゃんが教えてくれた生姜も装備。 いざ、実食。 ズルズル…… お………美味しい♪ 誰もが言いたくてもオトナの配慮でグッと堪えていたであろうことをあえて言うなら、サナダムシそっくりのくせに!! 穴子に似ても似つかぬどころか、丸ごと1匹食べているというのに、魚とすら思えないほどのこのクセの無さはいったいなんだ? オタマサ曰く、「シラウオより好きかも…」。 向こうが透けて見えるほどに、あり得ないくらいに薄っぺらい透明ボディである。
それでいてしっかりした食感、にもかかわらず生魚特有のクセがまったくない。 こりゃ美味いわ。 軽く一杯ってわりには多過ぎたかな…と思っていたのに、あっという間に平らげてしまった。 たいがい飲んだ食ったで過ごした今宵、最後の最後の部屋飲みまでが、充実しまくりの一夜になった。
順調なフライトから始まったこの日、ついにベッドに入るまで完全無欠の針路クリア。 |