ヴィラメンドゥ潜水日記

 


12月3日 出発〜フルレにて

 人類無視のエアバス

 さすがに4時間近くも待つと飽きる。おかげで我々は待つということに慣れた。
 待つのには慣れたが、二日酔いのだるさはつらい。
 あれほど乗るのがいやだった飛行機だが、今は一刻も早く腰を据えて眠りにつきたい。

 ようやく出国ゲートに至り、いつものようにやましい思いをするような持ち物もないし余裕でいたのだけれど、ふと昨夜のことを思い出した。そういえばラ・フランス食わなかったんじゃないか?
 そうなのである。そのまま空港まで持ってきていたのだ。
 はたしてこの生もの、空港のゲートを無事通過するのだろうか。
 出るのは簡単だろうけれど無事入国できるのだろうか。
 面倒だからその前に食っちゃおうか、と思ったものの、ええいままよとそのまま行くことにした。

 ようやく機内に案内されて驚いた。スリランカ航空のエアバスはけっこう新しいじゃないか。
 おまけに各席にモニターが着いている。なんだかハイテク化されているのだ。ファミコンでもできそうな装置付きの、使い方を覚えるのに時間がかかるリモコン付きなのである。
 が、このシートは何とかならないのかエアバス。エコノミーなのだから狭いのは仕方がない。窓側が2列、中央4列というのもほどよい。でも、この頭部の角度は何とかならないのか。
 そういえば前日飲み会の席で、東日本営業部長が「エアバスはそもそも人間工学に基づいていない……」と言っていたが、それはこのことだったのか。
 とにかく前のモニターを見ようとするとどうにも首に無理がくるのである。リクライニングを倒しても全然リクライニングじゃないのだ。いったいこのシートにフィットする人類がこの世に存在するのだろうか。
 一刻も早く眠りたかったのに、このシートはまるで「寝るな!、眠るんじゃない!!」と力づくで頭を抱えられているようであった。

 こんな席でも、うちの奥さんはまるでビジネスクラスの席のようにゆったり使えるのだからうらやましい。
 離陸後もどうもこのシートになじめず、結局二日酔いの気持ち悪さを胸に残したまま3万フィートの空に居続けることになってしまった。
 ここにいたり、大本営は作戦の失敗をついに認めるにいたった。

 特大ハネムーンケーキ

 スリランカ航空には、ハネムーンの客にケーキをプレゼントする、というサービスがあって、事前に旅行社を通じてハネムーンである旨を告げておくと、機内でおもむろにケーキを手渡される。
 僕らは遙か昔にハネムーン(なんだかこそばゆいが)をすませているが、本当にハネムーンかどうかなんていうのは航空会社にとってはどうでもいいことのようで、旅行社がそうやって告げておいてくれると自動的にケーキがもらえる。もちろん僕たちにもケーキをくれた。

 これがまた大きいのなんの。デコレーションケーキまるまる一個なのである。こんなのいったいどこで食うんだよぉ。
 ケーキ自体はとっても美味しそうで、一口二口食ってみたい誘惑にかられるものの、一度手をつけてしまうと食いきるか捨てるかしないといけないから困るのである。もっと予算削減してショートケーキにしてくれたほうが有り難いんだけどなぁ。
 ケーキは小さくていいから、シートを大きくしてくれ。

 二日酔いにはトイ・ストーリー

 昨年のハワイ紀行をお読みくださったごく一部の方はご存知だと思うが、「機内でマリオネット」事件があった。その理由はおそらく飲み過ぎた酒が原因だろう、ということになったので、高々度ではなるべく酒は控えよう、と思っていたのだ。ところが控える前からすでに体内はアルコールでテンパッたままである。マリオネットを目の前で見た僕はいささか不安を禁じ得なかった。

 気にし出すとなんだか体のあちこちが不調を訴えているように思えて、どうも心が静まらない。近くにトイレがないときに限って急に催したりするように、9時間ものあいだ飛行機に乗っていないといけない、と思うとなんだか急に胸が苦しくなる。
 ビールでも頼んでのんびりダハダハ過ごせればいいのだが、すでに前夜イヤと言うほどダハダハ化してしまっていたのでそのような元気もなく、ただただ動悸・息切れ感を過剰に気にしつつのフライトであった。
 うちの奥さんはといえば同じようにやや二日酔いで、彼女は特に飛行機に対してアレルギーはないものの、さすがに胃腸が疲れているのか元気がない。そういえば昨年マリオネットの横で呻いていたのは彼女であった。
 今となってはかえすがえすも昨夜の酒が悔やまれるのだが、飲み会の日時もエンドレスナイトもすべて元をただせば自分のリクエストなのだ。改めて言うまでもなく、誰のせいでもありゃしない、みんなおいらが悪いのさ〜。

 そんな僕の心をゆかいに和ましてくれたのは、機内上映の「トイストーリー2」だった。
 日本語吹き替えだったからストーリーもわかったし、とにかく唐沢寿明がはまりすぎ、というくらいにウッディにピッタリだった。英語版ではトム・ハンクスだったらしいけれど、日本語でもまったく違和感がない。エンディングの、あり得るわけがない
NGシーンも洒落ていておもしろかった。
 違和感といえば、ハリウッド映画のスリランカ語(おそらく)吹き替えである。他の国の人が日本語吹き替えを見たら同じように思うのだろうけれど、とにかくこの人がそうはしゃべらんだろう、という感じがヘンテコでよかった。

 映画メニューはいろいろあったものの、9時間の飛行中楽しめたのはトイストーリー2くらいであった。その他は飛行経路の画面などをときおり見ていたが、ハワイに行くときと違って無性に悔しい経路なのだこれが。だって成田から沖縄までの2時間半分はどう考えたって無駄でしょう?

 それにしてもこの経路画面は、飛行機が苦痛の人間にとっては序盤がなかなかつらい。もう半分くらい来たかな、と思ってもまだまだ日本すら出ていなかったりするとガックリうなだれてしまうのだ。
 だからなるべくこの画面は見ないようにしつつ、北方謙三の水滸伝を読みながら眠気がくるのを待った。
 この無限にも思える飛行時間はやっぱりつらい。真ん中くらいに中継地をもってきた方が落ち着くんじゃないかなぁ。そういう点ではたとえトランジットの時間が長くてもシンガポール航空とかの方がいいと思うなぁ。

7年ぶりのモルディブはいろいろ便利になっていた

 いよいよコロンボ着という頃にはアルコールは抜け胃も落ち着きすっかり飛行機にも慣れ、こういう時にこそ機内食を!と思ったが後の祭りであった。
 あとは早くフルレ空港に着いて空港近くのホテルで寝たい、という気分になってきた。9時間の飛行の後の1時間ほどの飛行なんていうのはもはや屁のようなものだ。
7年前はあった荷物の指さし確認というのもすっかり無くなっていて、乗り換えはいたってスムーズだった。あの指さし確認というのは本来対テロ対策だったらしいけれど、7年前より今の方が世の中物騒な気がするが大丈夫なのだろうか。
 4時間遅れの飛行機を律儀に待ち続けていたモルディブ行きのエアバスはまったく同じ機体であった。こんな平日の日程にもかかわらず、モルディブに行く日本人はやっぱり多く、それもほとんどがカップルである。後で聞いたのだが、こんな時期は新婚旅行でもない限りそうそう休みを取れるものではないらしい。ボーナス前だからあたりまえか。

 大阪から東京まで飛行機で行くような感覚であっという間にモルディブはフルレ国際空港に到着した。コロンボで味わったような独特の濃密湿度の空気ではなく、さわやかな海辺の風が心地よかった。とはいえ現地時間で夜中の1時。日本はすでに午前5時。眠い。
 こんな夜分にもかかわらず、現地スタッフのコイズミさんは空港まで出迎えてくれていた。
 仕事なのだから当たり前なのかもしれないけれど、7年前に別の旅行社で来たときは現地のスタッフなどいなかった。

 空港に近い南北マーレ環礁のリゾートにいく場合は、到着後船に乗って各リゾートに行く。それに対してアリ環礁のように飛行機で行かなければならない場合は出発は翌朝ということになる。
 そのような場合、以前は空港からほど近い首都マーレまで船で渡り、ホテルに宿をとっていたらしい。けれど昨年フルレ空港近くに「フルレ・アイランド・ホテル」ができ、とてつもなく便利になったのだ。なにしろ重い荷物をあっちこっちに運ばなくてすむ。
 しかも新しいから部屋がきれいで、朝食だけになるけれどご飯も充実していた。
 このホテルはプールも完備されている完全なるリゾートホテルなのである。だからといって、楽園のような島々を目の前にしてこんなところでリゾートする人はそうそういないだろう。
 利用者は日本人がほとんどらしい。ヨーロッパからの飛行機はそんな変な時間に到着しないのだ。

 同じ旅行社を使っている日本人は僕らの他に2組6名ほどいて、みんな行き先はバラバラだから翌日の予定も違った。早い人は午前5時起きで出発しなければならなかったらしい。ベッドに入ったのは午前2時過ぎだったから、その人はつらい一日を送ったことだろう。
 僕らは幸いホテルを7時45分発だったので、いつもよりは短いながらもゆっくり寝て朝食も味わう余裕があった。
 それなのにうちの奥さんは5時半頃に起きてゴソゴソしていた。何やっているんだろうと思ったらなんと単に一時間間違えていたのだ。時差分時計を動かさなかったというわけではなく、ただ単に時計を見間違えただけなのだから笑わせてくれる。

初挑戦・水上飛行機〜モルディブ遊覧〜

 本格的に目覚めると空は晴れ渡っていた。部屋からは海が一望できる。ああ、モルディブに来たんだなぁとようやく感慨に耽れた朝のひとときであった。
 朝食後少しホテルの周りを散歩してみた。埋め立て地だから海をのぞいても大したものが見られるわけではなかったが、それでもすぐそばで魚たちがたくさん泳いでいた。もうすぐ会いに行くからね。

 ホテルを出て再び空港に向かった。水上飛行機へのバスの発着場でしばし待っていると、荷物用のトラックが来て次々に荷物を積んでいく。
 が、しばらくすると僕らの荷物だけ降ろし始めた。なんとヴィラメンドゥ行きの飛行機の出発時間が少し遅くなったというのだ。
 まぁ成田では4時間待った我々である。1時間くらいなんてことはない。

 どうやら午前中早くに着くはずの国際線が遅れていて、それにヴィラメンドゥに行く客が乗っているらしい。
 この間のやりとりは現地スタッフのコイズミさんがすべてやっているので、僕らは単にのんびり待っているだけである。
 そういえば、フルレ空港は7年前とは随分様相が変わっていて、飲食店などが建ち並ぶちょっと開けた空港前になっていたので驚いた。

 ようやく訪れた送迎バスに乗って一路水上飛行機発着場へ行く。どこにあるのだろうと思っていたら、バスはおもむろに国際空港の滑走路を横断し、海辺へと向かった。
 バスが行き着いた先には、田舎の駅舎のようなスーパー素朴なターミナルがあった。海辺の食堂と言われてもきっと納得するだろう。

 水上飛行機も、ターミナル同様極小サイズである。
 2発のプロペラで飛ぶこの小さな飛行機は機内に持ち込む荷物の重量制限があって、20キロをオーバーすると1キロごとに2ドルの超過料金が必要、ということになっている。
 わりとシビアに徴収する、と聞いていたので、一人あたり30キロは優に越す荷物を持っている我々は現金を用意して覚悟していたのだけれど、「今日は大丈夫そう」というコイズミさんの予想通り何のおとがめもなく無事チェックインできた。
 だいたい欧米人とくらべれば、荷物と人間とのトータルの重さだったらうちの奥さんのほうが断然少ないのである。そのあたりもキチンと考慮に入れてもらいたい。もちろん僕には触れないが。

 15人乗りくらいの小さな水上飛行機だから、窓際に座りたいなら待合室を出て海側にさりげなくいたほうがいいらしい。そのとおりにしていて、機内への案内が始まるとたしかに一番乗りとなった。船に乗るような気分で桟橋を歩いて飛行機に乗り込む。

 プロペラ機だから仕方ないのかもしれないが、機内は空調もクソもないようである。あっついあっつい機内に乗客がすべて乗り終わるころには僕は滝のような汗をかいていた。
 しばらくして機長か副機長かの機内案内があり、そのあとおもむろエンジンを始動してあっと言う間に発進。
 機内の安全説明のとき、何か質問は?と決まり文句を言って終わろうとすると(多分そう言っていたはずである)、後方から声が聞こえてきた。
 「私のシートベルト、壊れてるんですけど…」(おそらくこう言ったのだと思う)
 やや緊張感があった客席はリラックスムードになった。
 「うん、この飛行機はエンジンも壊れているから、シートベルトくらいなんてことはないよ」
 なんて返事はなかったが、席を移動したのか直したのか、問題は解決して飛行機は離陸した。、

 飛行機嫌いの僕にとってはさぞかし苦痛のひとときだったろう、と思われるかもしれない。
 ところが意外にそうでもなかった。なにしろ操縦席は後ろから丸見えで、最前列に座っていたから中の様子がよくわかるのだ。裸足で操縦しているパイロットの余裕そうな雰囲気が安心感を与えてくれるのだろう。
 それにプロペラ機というのは生理的に受け入れやすい気がする。なんとなく飛ぶ理屈がわかるのである。高度300mちょいというのも眼下が海というのも調度いい。
 おまけにその海には島、瀬、リーフなど、水納島や中の瀬みたいなのがそこら中にあって見ていておもしろい。このうちの十分の一でも水納島の周りにあればポイントが増えておもしろくなるのになぁ、などと考えつつ眺めていた。これらが50年後くらいにはことごとく海中に没するのかと思うと胸が痛い。
 

 環礁と環礁の間を飛ぶので、やがて眼下は海しか見えなくなったけれど、高度300m余の空は冷房がなくても涼しく、どこまでも晴れ渡る青空をブーンと飛んでいくのは気持ちがよかった。

 やがてアリ環礁が見えてくると、飛行機は高度を下げ始めた。時間にして20分チョイ。飛行機嫌いの僕がもう少し乗っていてもいいなぁと思うくらいだからきっと楽しい乗り物なのだろう。
 もっともこれに一時間も二時間も乗っていろといわれたらさぞかし苦痛であろう。ちょうど高速道路をホンダ・トゥデイで走るようなものだ。リンドバーグはもっと性能が悪いはずのプロペラ飛行機で33時間もかけて大西洋を横断したというのだから、改めてその偉業のほどがわかる。

 さあ、いよいよヴィラメンドゥが見えてきた。