ヴィラメンドゥ海中レポート
ボートダイビング編 part 2

 迷宮?の楽園……ティンフシティラ

 ボートだと午後が14時半の出発になるから、夕方のビールタイムが短くなってしまうという弱点があった。けれど、この日の一本目で見たハナダイ群舞がどうしても忘れられず、もう一度だけ見てみたいという念にかられ、この日もボートにすることにした。
 一本目はティンフシティラだ。じっくりハナダイの写真を撮りたければ、ティラとつくポイントがいいようである。
 今回我々にブリーフィングしてくれたのは僕らが勝手にネオナチ君と呼んでいるおそらく
Jensという名の男性であった(ペットボトルにそう書いてあった)。
 カレントチェックも彼がやり、流れはリトルだということだったが向きが当初の予測と違ったため、ブリーフィング時の第2案で進むことになった。僕らはどうせエントリーしたところから当面は動かずスタッフについていかないので、コースは重要なチェック要素だった。彼がこっちの方がおもしろいからこう進む、と言っていたそのおもしろい方をはずしたくないもの。

 このティラは場所的にはディグラティラと大して変わらないので、海中の雰囲気もほとんど同じだった。
 エントリー後あたりを見回し、ネオナチ君が言っていたのはこっちをこうまわって行くということだろう、と理解し、群れ集っているハナダイたちの周りにしばらくいることにした。
 ところがゲストを引率しているスタッフが僕らが理解した方向とは逆側をどんどん行こうとするのである。あれ?エントリーした場所が予定のところと違ったのかなぁ?とちょっと不安になりつつも、まぁどっちにしろ浮かべば済むことだからいいか、と思っていたら、突如タンクをカンカンカンとたたくスルドイ音が。
 ダイビングの場合、このタンクの音は大物が出たことを知らせる場合にたたくことも多いので、すわ、ジンベイザメでも出てきたか?と頭上をグルグル見渡してみたけれど何も見えない。
 ?何だったのだろう?と思っていると、ネオナチ君が手招きして逆側に行った一行、つまりピーターを呼び戻していたのだ。やってくれるぜピーター!どうやったらあの説明を聞いて間違えることができるんだよ。
 どうやらネオナチ君はオブザーバーで、新人ピーターのお目付役として潜っていたようである。 
 ちなみにピーターは実は新人君なのではないのか、と僕らが推測したのはこの時である。

 ここにもヨスジフエダイの群れがいた。ヨスジフエダイは滞在中もうゲップが出るほど見た。すべて唐揚げにして那覇の市場で売れば200万円くらいにはなるだろう。

 帰路、よせばいいのにうちの奥さんは、海中でピーターが間違えていたのを揶揄しようとネオナチ君にその話を持ち出したところ、ネオナチ君は
 「いや違う。あれはこの小さい根をこういう風にまわって行く予定だったのだ」
 と苦しい説明をしていた。このあたりはプロとしてのプライドであろう。新人ピーターのミスを見事にかばっていた。

怒ると恐い小さな巨人……クダティラ

 とにかくティラでは、エントリーする場所になる流れの上手側にいた方が楽しい。そういうところに小魚たちが群舞するから壮観なのだ。マクロをじっくり狙うならティラ。

 というわけで、午後も同じ船でティラである。クダティラというところだった。
 クダとはこっちの言葉で「小さい」という意味らしい。そういえばバンドス島の目の前にある小島はクダ・バンドスといったっけ。
 乗船するスタッフはネオナチ君、ハシブー、そしてまたしても新人ピーターであった。

 クダティラはあっと言う間に着く場所である。ドーニであっと言う間だから相当近い。
 ドーニっていうのは本当にポンポン船で、船体の大きさのわりにはかわいいくらいの小さなヤンマーのエンジンで走っている。今のエンジンなら小さくてもパワーがあるけれど、昔のエンジンだからパワーもクソもない。ミスクロワッサンからすればもどかしくなるくらいのスピードで進むのである。それがかえって南国っぽくていい。
 しょっちゅう来るポイントだからなのか、ブリーフィングはネオナチ君であったがカレントチェックは新人ピーターであった。がんばれ!ピーター!!
 しばらくのち彼は船に戻ってきて、流れの向き、強さが判明した。ミドルだという。これまでの3本はすべてリトルであったから、はたしてミドル級というのは上限どれくらいなのかよくわからないが、とにかくさっきより少し強いくらいだ、とネオナチ君が代弁してくれた。

 基本的に流れに乗って移動する、というパターンだから、流れをチェックしたら根の上流側にドーニをまわし、そこからエントリーする。あとはその場にとどまっていようと流れに乗っていこうと自由なのだ。
 ティラでは上流側でとどまっている方が楽しい、という結論に達していたから、僕らはエントリー地点からあまり動くつもりはなかった。
 ところが……!!
 エントリーした場所はいきなり根の最下流だったのである!
 ピーター!流れまったく逆じゃないかよぉ!!
 彼の陽気な顔(写真)を思い浮かべて思わず笑ってしまった。
 日本人から見ると、ヨーロッパ人ときたらラテン系をのぞいてみんななんだかキチンとしていそうな錯覚を覚えがちだけれど、そうではないのだ。ピーターなんて、ノリで何でもかんでも解決する陽気なアンちゃんそのものではないか。

クダティラでクダゴンベ

 さてさて、予定外にも流れの最下流側にきてしまった。ゲストを引率していたネオナチ君もハシブーもきっとワジっていたに違いない。僕らはともかく、引率を希望するゲストはそれほど本数を潜っているダイバーではないから、この流れを突き進んで行くのは相当骨が折れるだろう。
 案の定、今回も60分きっちり潜って浮上すると、他のゲストたちは疲れ切った様子で、みんなとっくの昔に上がりました、という顔でくつろいでいた。

 流れの向きはまったく違ったものの、ポイントの様子はブリーフィングでネオナチ君が言っていたとおりであった。
 ただし、僕は今回、ナンヨウキサンゴに群れ集うハナダイ類を28ミリレンズで撮るつもりでいたのに、4本のボートダイビング中、このポイントだけナンヨウキサンゴがあんまりなく、計画は水泡に帰したのであった。
 でもカラマツ系のヤギにクダゴンベがいるのを見つけた。クダティラでクダゴンベ。う〜む。
 クダゴンベが着いていたヤギはそこら中にあったけれど、クダゴンベは一匹しか見つけられなかった。
 ブリーフィングでネオナチ君が言っていたエビのクリーニングステーションを見に行ったら、底の方はもの凄い流れで、よせばいいのにダッシュで流れを突っ切ると一気にエアーが減ってしまった。だいたいソリハシコモンエビやベンテンコモンエビだったらハウスリーフでさんざん見られるのだから、なにもダッシュまでしてその根を目指すことなどなかったのである。
 このあたりが初めてのポイントだとオタオタしてしまうといっているところなのであった。

ハシブーのモンハナシャコ

 壁面に戻ると相変わらずゴーゴーに流れている。小さい根とはいえその分流れを遮断するものがなかなか無い。
 壁面に這いつくばっているとなかなか写真を撮れないので、ところどころにある岩のくぼみに逃げた。
 そこにはゲストを連れたハシブーがいた。
 一人で来ると、どれだけ本数を潜っていようとガイドをつけなくてはいけないから、カメラを持って入っているアジアンの付き人をしていたのだ。
 そのハシブーがなにやら我々を呼んでいる。行ってみると、穴ポコの奥に大きなマダラエイが休憩していた。でも彼は一応アジアンのガイドだから、アジアンよりも先にカメラを向けるのも失礼かと思い遠慮しておいた。その後もハシブーは穴にナイフを突き刺してモンハナシャコを見せてくれたりした。なんだよ、モンハナシャコかよ、という目でにらみつけてはいけない。僕はいちいち大きく頷き、ありがとう、と意思表示しておいた。 

 エアーも少なくなり、無減圧でいられるリミットが近づいてきたので根のトップに行くと、そこはハナダイ類のパラダイスだった。そういえばネオナチ君は根のトップもおもしろい、と言っていたではないか。

 リーフのトップには、おなじみ裏がピンクのイソギンチャクに住むモルディブアネモネがたくさんいたし、ハナダイ類は豊富だし。
 なにもピーターの逆読み流れに逆らって壁際を泳ぐのではなく、最初からここにいれば良かったのである。次回がないだけに悔しさが募る。

 上がってからハシブーに、マダラエイ教えてくれてありがとう、と言うと、彼にすれば僕がモンハナシャコを写真に撮らなかったのが不思議だったようで、あそこにいたのはマンティスシュリンプというヤツだ、と力説してくれた。でも僕は水納島でしょっちゅう見ているし、いずれにせよ僕のレンズは28ミリだったのだよハシブー。そのレンズではなかなか撮れないのだ……と言いたかったのだけれど、もちろんそんな英語力がないので、シャコパンチの真似をするにとどめてしまった。きちんと教えておいてあげれば彼の今後のガイドにも役に立ったろうになぁ。

 雨は降る降る ヴィラメンドゥに

 実はこの日は朝からえらい雨模様で、ドーニでの帰りも雨は降るわ海は波立つわで寒々しかった。水温は遙かに高いものの、船に上がってからは春先の水納島のよう。くそう、今頃キンドンや鳥羽出張所員は青空のパラオで過ごしているんだろう。
 思えば到着してから2日間はスルドイ日差しを浴びていたけれど、今や晴れ間が懐かしいくらいになっているではないか。梅雨入りしたのかヴィラメンドゥ!
 フルレ空港で、現地係員のコイズミさんにこのところの天気を聞くと、最近ずーっと晴れている、とのことだった。仮に雨が降るとしてもスコール程度で、滞在中ずーっと雨、なんてことはよっぽど不運でもない限りまずない、といっていた。
 もしかして僕らってよっぽど不運なの?

 いや、もっと不運な人たちがいた。
 僕らが滞在中、中3日の予定でやって来て、嵐のように潜りたおしていたらしい日本人カップルがいたのだが、どう考えても彼らはお日様を合計30秒くらいしか見ていないはずである。一日4本ずつ潜りたおし、お日様を見ることなく帰っていく…。彼らのモルディブっていったい……。
 真紀さんによると、彼らはまた来ますぅ〜と言って帰っていったそうだ。

 文吉さんのココナッツ

 寒いドーニの中で食べるココナッツはとびきり美味しかった。
 ドーニには船長と専属甲板員?がいて、僕らがずっと乗っていたボート3(ブルーバード号)の甲板員は黒い文吉さんであった。言うまでもなく文吉さんとは水納島のオジイだが、文吉さんを黒くしたようなオジイだったのだ。
 あれ、文吉さん何でこんなところにいるの?と本気で思うほど似ているわけではないとはいえ、妙に親近感の湧くオジイであった。
 ダイビングを終えてボートに戻るたびに、その文吉さんが剥きたてのココナッツを配ってくれた。ナタデ・ココもココナッツミルク入りカレーも大好きな僕は、そのまま食う実も大好きなのである。みんながお愛想程度に一切れだけ食べるところ、僕は何個も何個も食ってしまった。

 このココナッツ、おそらくどの島でのボートダイビングでもきっと出るのだろう。ココナッツはモルディブのボートダイビングの味なのだ。