朝降っていた雪はいつしか止み、朝食が終わる頃には晴れ間すら出ていた。
予報に反して今日は晴れ?
部屋の窓外に、朝日を浴びて輝くニセコアンヌプリの雄姿があった。心なしか、笑っているようにも見えた。
スキーの道具など何一つ持っていない我々は、道具をレンタルしなければならない。スキー場にスキーセンターなるものがあって、そこで借りることができる、というのはおぼろげにはわかっていたが、なんだか面倒くさそう……。
宿がレンタルサービスを紹介してくれる、ということは知っていたので、ではどこまで行かねばならないのか、と思っていたら、指定した時間に宿まで来てくれるということだった。これなら大変楽である。
さて、スキーの道具とは何が必要なのか。
スキー板とストックは当然。それからスキー靴。そしてゴーグル、手袋も必需品。忘れちゃならないウェアー一式。驚いたことにバッグの中には、帽子まで入っていた。
文字通りフルセットである。
服や手袋、それにウェアーはサイズさえ合えばなんてことはないけれど、とんでもなくつらいのがスキー靴だ。捻挫や骨折など、あらゆる足の損傷から守ってくれるものであることは理解できるものの、どう考えてもこれは人間工学に基づいてはいない。履いて歩くと、途端にC3-POと化してしまう。
靴も身長も、あらかじめサイズは伝えてあったので、用意されていたモノを着ればバッチシのはずだった。うちの奥さんはナマイキにもなかなか似合っているではないか。
僕も負けじとサッとはいて見たところ………。
……ズボンの前がしまらない<デブ。
やむなく別のものにチャレンジ。
以前にも触れたけど、このウェアー、昔に比べて随分地味になったものだ。
たしかにいい年こいて昔のようなハデハデウェアを着るのはイヤだけどさ、あまりに地味だから、僕が着ると「冬のある日、角のタバコ屋までハイライトを買いに来たおっさん」って感じなんだよな……。
宿のオーナー氏によると、なかなかに上等なセットであるらしい。レンタル用品でここまでブランド物を揃えているところはそうそうないのだそうだ。
でも、使うのが我々………。
一応、スキーをしようと予定しているのは3日間だった。けれどはたして本当に3日間遊びつづけるのかどうかすらアヤシイ。アヤシイながら、1日ごとに借りると高くつくので、念のため3日間借りることにした。
なにはともあれ、すべての用品は揃った。ウェアーを着れば、気分はもうスキーヤーである。
ニセコアンヌプリ国際スキー場へは、前にも述べたとおり宿の方が希望の時間に送迎してくれる。
他にスキー客がいればいろいろその辺も気を遣わねばならないところだったけど、なにせ客は我々だけ。ゆっくり朝食をとって、レンタル用品を揃えて、さらにゆっくり準備して9時に出発した。
スキー場で靴を履き替える必要がないから、宿を出るときからスキー靴を履いて行くことになる。玄関を出ると、おばあが雪かきをしていた。
さて、車まで………の階段を降りるのがつらい!
達者に雪かきするおばあの横で、2体のC3-POはかなり性能が悪そうだった。
空は晴れ渡り、雪景色は一面輝いていた。
まさに、山は朝日を浴びて白銀になっている!
絶好のスキー日和……とはどんなものか知らないけれど、我々にとっては願ってもない陽気だ。
でも、この抜群のお天気を前に、オーナー氏は幾分天気に疑いを持っているかのようだった。いったいなぜ?
スキー場につき、さあ、寸暇を惜しんでスキー三昧!!………ってわけにはいかない。なにしろ生まれて初めてスキーをしようという人と18年前に一度やったことがあるだけというコンビなのだから。
で、ウレシハズカシスキー教室をお願いしていた。
スキー教室だなんて!!
気分はもう、体験ダイビングをするお客さんである。
でも、きっとみなさんも思っているに違いないけれど、いい年こいてお姉ちゃんやお兄ちゃんにイロハを教えてもらうってのもなんだか悔しい。年端も行かぬ茶パツ姉ちゃんに「ハイ、いいですかぁ?」なんて言われながら手取り足取りってのもなぁ。
そんなあなたも心配御無用!
実は、ペンション風みどりのオーナー氏は、プロのスキーインストラクターなのである。シーズン中、このスキー場のインストラクタースタッフとして、修学旅行生などを中心に講習しているのだ。
そんなプロが、宿泊客には無料で教えてくれるのである!!
このことが、宿を選ぶ際に大きなウェートを占めたのはいうまでもない。
もちろん無料サービスである以上、オーナー氏の都合が合うときでなければ望むべくもないのだが、運良く我々の初日にあたるこの日の午前中は大丈夫だった。
駐車場からテクテクとスキー場へ。出来そこないのC3-POニ体はシェフインストラクターについて歩いた。ほんのちょっとの斜面なんだけど、それを登るのがしんどいことしんどいこと!!
こんなにしんどかったっけ………?。
18年前の記憶には、そんな項目はどこにもなかった。
シェフインストラクターもうちの奥さんもスタスタ歩いていくので、自分だけこんなにしんどいってことは、ひょっとして高山病??と、海抜わずか500mほどのところでビビる僕。
あとで聞けば、うちの奥さんも相当しんどかったのだそうだ。僕が意外に頑張っていたので驚いたそうな……。
それにしても、昔は全然しんどかったという記憶がないのになぁ……
あ………これってつまり年取ったってこと!?
ヒーヒーしながら歩いていくと、今日が初日の修学旅行生が集合していて、これからインストラクターたちによるデモンストレーションを見物するところだった。せっかくなので我々も一緒に見物してみた。見取り稽古である。
目の前のだだっ広い斜面は、最大斜度33度の中級者コース「ダイナミックコース」だった。まるでアクロバット飛行チームのように整然と並んだスキーヤーが、コースの名のとおりダイナミックに、かつ美しく滑り降りてきた。
うちの奥さんは突然硬直していた。
「こ、ここで滑るの?」
今明かされる真実、うちの奥さんは、自分で制御しなければならないスピードの出るものが嫌いなのである。かつて原チャリを乗っていたころは、トテポテパテポテ……という擬音文字を周りに書きたくなるくらいにゆっくり走っていたし、遊びでジェットスキーに乗っても、プスンパスンポスン……という程度にしか走らせない。
なぜうちの奥さんがこれまでの半生でスキーをやったことがなかったのか、これでおわかりいただけよう。一度もやることなく、自分には向いていないスポーツ、と結論付けていたのだ。
そんな彼女をスキーに誘うというのがいかに難しかったか。
ボーゲンで滑ってたら絶対大丈夫、スピードなんて出したくったって出ないんだから、とにかく今は空いているらしいから誰かに怪我を負わせる心配なんてない、と、さすがスキー暦18年(のうち3日)の言葉を駆使して、なんとかその気になってもらったのだった。
目の前の大斜面を自在に滑るアトラクションを見て、彼女は一瞬「騙された!」と思ったかもしれない。