14・新世界紀行〜天王寺動物園〜

 新世界という、旅行の目的でもあった憧れの地に来たわけである。
 実際に来てみたら、想像以上に天国だったのである。
 食いだおれの街大阪である。

 ならば。
 もっともっとどっぷりとこの界隈に浸って、阿鼻叫喚酒池肉林弱肉強食(?)の食いだおれツアーをし続けるべきところではないか。

 が。
 横浜に行けばカモメがいると騒ぎ、仙台に行ってはハクチョウがいると喜ぶうちの奥さんが、すぐそばに動物園があると知って行きたくならないはずがない。

 というわけで、この日午後はゆっくりと動物園を散策。

 天王寺動物園だ。
 先にも触れたとおり、子供の頃の僕にとっては、動物園といえばここだった。
 両親に聞いたところによるとそんなに頻繁には来ていなかったようなのだが、子供の頃から動物が大好きだった僕にとって、動物園なんていえばワンダーランドそのもので、記憶はおぼろげながらも残っている印象は強烈だったのである。

 ……が。
 通天閣の展望フロアから見下ろしたときに驚いた。

 こ………こんなに狭かったっけ??

 子供の頃の強烈な印象では、上野動物園なみに広い広いワンダーランドだったのだが……。

 でもあれかぁ、たしかにその後大人になって上野動物園や多摩動物公園に行ったとき、めっちゃ広い!!と驚いたんだよなぁ、たしか。
 そういった広大な動物園がいつしか当たり前になってしまって、いざ懐かしきこの動物園をそれこそ30年ぶりくらいに実際に見れば、小さく感じてしまうのも当然か。

 けれど、山椒は小粒でぴりりと辛い。
 この天王寺動物園の開園は1915年、大正4年だというから、初代通天閣とほぼ同じくらいの歴史を持っているのである。日本にできた3番目の動物園なのだそうだ。

 そのうえ2006年には、開園以来の有料入場者数がついに1億人を突破。
 1億人を超えたのは、国内では上野動物園に次いで2番目だという。
 天王寺動物園もなかなかやる!

 その天王寺動物園へ!!

 お天気の良い平日の昼下がり、いい大人がのんきに動物園なんぞにいていいのだろうか……

 ……という良識ぶった躊躇は、それ以前の問題として昼前からすっかり酔っ払っている人間にとってはまったく意味がない。

 入場料は一人500円。
 さすが市営の動物園、入場料が通天閣へ登るよりも安いなんて……。
 ちなみに、中学生以下と65歳以上は無料である。
 無料!?
 子供二人、父ちゃん母ちゃん、じいちゃんばあちゃんという昔ながらの家族で来たとしても、1000円で済んでしまうじゃないか。
 汚職職員に汚職事件だらけだと思っていたけど…
 大阪市もなかなかやる!

 さっそく中へ。

 おお、なにもかもみな懐かしい…………

 ………と思うほどの記憶はこれっぽっちもない。それにしても、いきなり入ったところすぐの場所にゲーセンコーナーなんてものは昔はなかった気がする。
 象さんやカバさんの背中に乗って遊ぶ程度のものがあるだけならともかく、普通のゲームセンター同様に、大ボリュームの人工音だらけなのである。
 動物園まで来てゲームしたいか??させたいか??

 したいんだろなぁ…最近の子供は。
 させなきゃ間が持たないんだろうなぁ、最近の親は。
 そういう需要があるからこそ、施設側も泣く泣く提供しているに違いない。

 さて、動物園がたいていそうであるように、この天王寺動物園内は鳥羽水族館方式だった。
 つまり、海遊館のように最初から順路が決められているのではなく、園内をめぐる順路は客任せってことね(パートごとには順路はあるけど)。


天王寺動物園HOMEPAGEより

 なので興味に導かれるままに、適当に巡ってみた。
 まずはすぐ近くにある爬虫類生態館。
 昔はヘビやトカゲといったら嫌われ者の代表格だったというのに、ひところの爬虫類ブームのおかげでヘビやトカゲたちはすっかり市民権を得、各動物園水族館にはこうして爬虫類特設コーナーを設けているところが数多い。
 そういうところがたいていそうであるように……

 ……ここもやはりマニアックだった。


噛まれれば、指どころか手首からなくなりそうなほどに巨大なワニガメ。

 こういうわかりやすいワニガメとかならまだしも、その多くは「どこにいるの??」的動物なのである。
 で、そういうのを見つけるのは仕事柄好きな僕たちだけれども、見つけたとしても、

 動かねぇ……。

 ジ―――ッとしているのだ、これがまた。

 いきなりマニアックなところから攻めてしまった我々は、気を取り直し、動物園の主役といってもいいアフリカの動物たちを見に行った。

 驚いた。
 昔はすべてケージの中だったアフリカの動物たちが、なんとサファリパーク風の展示にリニューアルされていたのだ!!

 うちの奥さんが思わず感心したほどに、いかにも現地っぽく作ってある。なにしろ清水の舞台から飛び降りてマサイマラまで行ってきた我々がそう思うのだから信じてもらっていい。

 ただ……。
 雰囲気がそれっぽいのはいいのだけれど、日中はたいていグータラしているライオンたちを遠目に眺めてもなぁ…。どうせグータラしているのであれば、もっと近くから見てみたい!!と子供たちは思うかもしれない。
 どうせならライオンたちが群れ集うブッシュの真っ只中に地下から続くガラス張りのケージを設け、その中に人間がポツンと居てみる………ってコーナーもあればいいのに。

 園内には、まるで経営が見直される直前の郵便局なみに、いたるところにトイレがある。
 午前中から生ビールばかりゴクゴク飲みまくっていた僕たちにはどれほどありがたかったことか………。

 天王寺動物園には、ライオンもいるしトラもいる、知らなかったけどコアラまでいる。
 おまけに、真夏の暑い日のニュースでおなじみのホッキョクグマもいる(@氷で遊んでいる映像)。

 しかし。
 この動物園の現在のスターは、彼らではない。
 なんと……

 キーウィ!!

 そう、ニュージーランドにいるという飛べない鳥である。
 キウィフルーツの名前の基になった鳥である。
 そのキーウィがいるのだ!!

 ……というのは、何も鳥が好きなうちの奥さんだけのマニアックな話なのではない。ここの入場チケットにはちゃんとキーウィの写真が使われているのである。

 そりゃそうだろう、キーウィを展示している日本の動物園なんて、他にあるのだろうか??
 日本で唯一!!って宣伝してないところをみると、きっと他にもいるんだろうけど、我々はまだ生きている姿を実際に見たことはない。

 これは是非見たい!!

 いったいどこにいるのかというと………。
 キーウィは夜行性である。
 そういった夜行性の動物を一堂に集めた夜行性動物舎というコーナーに、キーウィはいるという。

 これは見なければ!!

 夜行性動物舎は、動物園を南北に分ける回廊を境に、アフリカの動物たちとは反対側の南園側にある。
 さっそく入ってみると…
 さすが夜行性動物舎、真っ暗だ。
 暗闇に目を慣らす一画まで設けられているほどに、中は本当に暗い。
 最初に目に飛び込んできたのはコウモリだった。
 コウモリがこんなに元気に飛び回る展示の仕方って………初めて見た。
 沖縄こどもの国のコウモリたちなんて、たくさんいるけどただぶら下がってるだけだものなぁ……。

 巣箱からチョコンと顔を出すフクロモモンガなんてチョーカワイイ。
 ナントカワラビーという小さなカンガルーは、ずーっとピョンピョン飛び跳ねている。その他いろいろ、夜行性の動物たちが昼間は決して見せない活発な姿を披露してくれているなか、ついに僕たちは……

 キーウィコーナーにたどり着いた。

 ん??
 どこにいるのかな??

 ひょっとして、本日は都合により奥の間に??
 すると、傍らにいた老紳士………というか、普通の大阪のおじいが、僕たちに教えてくれた。

 「ほら、ここにいますよ」

 先ほどから気づいていたのだけれど、園内の随所にこんな感じのおじいがいる。
 こうして客にアドバイスを送るシルバー人材なのかな?と最初は思ったのだけれど、制服を着ているわけでもなし、ネームプレートがあるわけでもなし、どうやら好きでやってくれているようなのだ。
 そうだよなぁ、65歳以上であれば入場料タダなんだし、散歩がてら毎日のように来園していたら、スタッフと同じくらい展示動物に詳しくなるよなぁ、そりゃ。

 その自主的シルバー人材おじいが、わりと広い飼育ケージのすぐ手前にある大きな板切れのようなものの下を指差していた。
 おじいに礼をいい、指差すところを覗いてみると………

 あっ!!
 キーウィだッ!!

 なにやら板の陰でゴソゴソと動いている。
 想像していたよりも大きな鳥だ。
 この鳥は、体のサイズのわりにやたらと大きな卵を産むってことも有名なんだけど、こんなに大きな体から生み出されるやたらと大きな卵って……どんなサイズなんだろう??

 いやぁ、たしかにキーウィ。
 目の前にいる。
 しかし!!

 影しか見えないじゃん…………。
 お前、夜行性のくせに真っ暗な世界でグータラしていてどうするのだ。

 親切なおじいがいなかったら気づかなかったじゃないか。
 ああ、全身を見てみたい!!
 仕方がないので、先を周ってからもう一度くることにしよう。

 そうやって再び訪れてみると…さっきよりさらに手前に来て、動きも活発になっていたけど……
 やはり影だけ。
 うーむ、残念!!

 すると、20代前半と思われる若いカップルがやってきて、彼女のほうがいやに熱心にキーウィを見ようとしていたので、先ほどのおじいのまねをして場所を教えてあげた。ペイフォワードである。

 でもやっぱり当然ながら影しか見えない。

 「後でまた来よう!!」

 オネーチャンはそう言ってその場を去った。
 あのぉ、そうやって後で来てもなお影のままだったんですけど……。
 とはさすがに言わなかったけど、装いはまったく今風の若いオネーチャンだというのに、キーウィ見たい!なんて変わった趣味を持った子もいるんだなぁと変に感心してしまった。

 さて、再び明るい世界に戻った我々は、こういう動物園にはたいていいそうなオウム・インコ類を探してみた。ひょっとして、この鳥の楽園ってところにいるのかも??

 さっそく行ってみると、そこは鳥は鳥でも水鳥たちの楽園だった。
 かなり広いバードケージに、いろんな種類のカモやらサギやらがたくさんいる。
 驚いたことに、天井には巣がいくつもあった。
 へぇ〜、さすがにこんだけ広いと繁殖も普通にするんだ……。

 …と感心しかけたそのとき、一枚の説明書きが。

 野生かい!!
 巣は、ケージの外側にあったのである。
 なかなか鳥たちはしたたかだ。

 したたかといえば、今回のこの動物園でのベストショットがこれ。

 ピンと立った白い冠羽がかっこいいゴイサギである。
 ちなみに野生だ。
 普通、野生のゴイサギといえば、ここまで近寄って撮ることなんて不可能である。
 なのにこれ、鳥の眼前50センチくらいのところでカメラを構えてるんですぜ。

 なんでこんなに人を恐れないのかというと……

 ここはアシカの池で、その傍らにアシカの餌を売る屋台があって、サンマかアジかなにかの切り身を一パックいくらかで販売している。
 そしてアシカに餌をあげようと、それを買ったお客さんたちが池にひと切れずつ放り投げるのだけれど………

 ぜ〜んぶゴイサギやアオサギたちが掻っ攫っていくのだ!!

 こいつら、池のフェンスに止まりながら、お客さんが餌を放り投げるのを虎視眈々と狙っているのである。
 アシカが餌を食べるところを見たいからこそ餌をわざわざ買っているのに、いくら投げても全然見られへんってのはどういうことや!!

 これがホンマのサギや!!

 おあとがよろしいようで………。